第27話 戦いの中

 全てを受け入れよう。

 その先に願ったものがあるから。

 命のやりとりをした結果がここにはあるから。

「さすれば……!」

「テメーはオレ様が殺す」

 殺さずにやれる相手ではない。

 これは命のやりとりなんだ。

 もう変えることはできない。

 人は運命という名の流れは避けられないのかもしれない。

 宿命の重さがあるのかもしれない。

 でも、だからこそ、俺は対話を望む。

 全ての武器を無くすと言うグレン。

 それはあながち間違いではないのかもしれない。

 不安ある者が武器を手にする。

 それは自らの防衛本能として、生きるためとして武器を手にするのだ。

 その行為を止めることなどできない。

 グレンの言い分は間違いではない。

 そのためには、武器を捨てさせるためには、平穏な日々を過ごせなければならない。

 優しくて暖かな世界にしていかねばならない。

 理不尽が、不平等が、不安が、人を戦いに駆り立てるのなら、それは取り除かなくてはならない。

 みんなが穏やかな日々を過ごせるなら争いなんてなくなるのかもしれない。

 さらにもっと、と望む声があるから?

 違う。それは人を幸せにするために叫んできた声だ。

 その声を封じることなどできない。

 俺は、俺たちはそのために生きてきたのだ。

 変えるために。

 病気も怪我も飢餓もなく、全てを乗り越えて……。

 その先にある平和で平等で自由な世界を夢見て。

 それが人類の夢ではなかったのか?

 人の多様性が叫ばれ、世界が受けれれば何かが変わると信じて。

「はああああああああああ」

 俺が斬りかかると、グレンは余裕の笑みでかわす。

「もっとだ。もっとこい!」

 舌をちろりと出し、髪をかきあげるグレン。

 赤い髪を揺らしながら剣を愉しそうに振るう。

 ガードして対応するが、斬撃の衝撃で身体が震える。

 防御の剣では手がしびれてしまう。

 長くは持たない。

 そう判断した俺は後方二百の位置まで引き下がる。

「は。逃げてんじゃねーよ!」

 荒っぽい声音を上げるグレン。

 嬉々として戦う彼に違和感を覚える。

 本当にこいつは平和を願っているのか?

 それは直感だった。

 彼は楽しそうに戦っている。

 人はそう戦いたがる者などいない。

 でもそれはあくまでも一般論だ。

 それ以外の人がいるとすれば……?

 なんにだって例外はある。

 その可能性もある。

 武器の排除と名目を、お題目を上げて戦闘を行う。

 そんな奴がいてもおかしくない。

 じわりと広がった嫌な汗は俺の気持ちに穴を空けていく。

「お前は何故戦う!」

「言ったはずだ。世界から武器をなくす。そのためにオレ様は生きている」

「それがお前の本音ならいい。だが、それが自分を騙すものなら!」

 止めなくちゃいけない。

「俺はお前を止める。そして世界を変える。そのための第一歩だ」

 俺はすーっと息を吸い、決別した過去と向き合う。

「そのために、今は……お前を変える」

 そうだ。

 目の前の一人変えることができなくて、何が世界を変えるだ。

 クリスが俺を変えたように、俺もグレンを変える。

 そしてその先にある輝かしい未来を勝ち取る。

 差別のない、平和で安心な社会。

 言葉にするのはたやすい。

 それは分かっている。

 それでもやり遂げなくちゃ、亡くなった人々の思いが報われないんだよ。

 俺が報いてみせる。

 死を、心を、仲間を失い、傷ついた人々を癒やす。

 それを教えてくれたのはクリスだ。

 あの十字のテントを思い出せ。

 あのとき、俺は何を感じ、何を思ったのか。

 それはこの先の道しるべになる。

 時の中から与えられた未来、過去、そして現在。

 俺は過去から学び、今を生き、そして未来へとつなげる。

 それが俺の望むこと。

 この世界の真理なんて知ったことか。

 俺は俺の夢を叶えるために戦う。

 戦って俺は自己満足する。

 俺は俺の目指す未来のために戦う。

 他人に説教などできやしない。

 過去が今の俺を生み出したのなら、他人もまたその過去に生み出された存在。

 蓄積していった結果が今の俺なら、他人も同じではないだろうか。

 自分を積み上げていった過去。それがあるから今がある。

 俺と違う道で同じ理想を掲げ、正しいと信じる。

 その過程に変わりはない。

 誰も彼もが、自分の正しさを持って戦っている。

 なら、今ここで決着をつけねばならない。

 これはエゴとエゴのぶつかり合いだ。

 今まで知った過去をぶつけ合うのだ。

 そこに何かが生まれるのなら。

 調和と可能性を信じて。

「俺も正しい。だが、グレン。お前も正しい」

「は。何を言ってやがる! 狂ったか!」

 蒼き火球がいくつも生まれ襲いかかる。

 攻撃を受け止めることなく、左右に身体を揺らし回避する。

「みんな正義と信じて戦う。その先にあるものが滅びであっても」

「なら滅ぶのはテメーだ! フィル=アーサー」

「だから、俺はお前を倒す!」

 ここで倒さねば今まで死んだ人たちがあまりにも報われない。

 報いる可能性があるとすれば、俺だ。

 俺ならできる。

 憎しみも、悲しみも、調和も。

 すべてを救う。そのために生きる。

「テメーはやはり敵だぁ!」

 剣をふり下ろすと同時、地面が割れる。

 俺は飛翔し、ひび割れた大地から離れる。

 落下速度をのせた一撃。

 慚愧ざんきのある世界を。

 精神感応のある世界を!


「俺が、作る……っ!」

 剣を傾ける。

「新しい世界をっ!」


「は。テメーにできるものか!」

「そうだな。俺だけでは無理だ。彼女さえ、生き残れば!」

 相打ち覚悟で突っ込む俺。

 一閃。

 ドバッと血が噴き出す。

「差し違えた、だと……!」

 グレンが腹を押さえてへたり込む。

「やっ、た……のか?」

 俺は振り向く。

 そこには傷を負ったグレンが見える。

 鋭い切り傷を感じ、その場に崩れる。

「くそっ……」

 やられた。

 すれ違いざまにグレンも剣を振るったのだ。

 俺の左太ももから出血する。

「フィル!」

 駆け寄ってくるクリス。

 走りながらも、魔法詠唱を始める。

「させるか!」

 グレンが火球を生み出し、放つ。

「まだやるのか!?」

 勝敗は決した。

 そう思った矢先だ。

 こいつには勝敗なんて概念がないのかもしれない。

 やりたいことをやる。

 それが彼の信念なのかもしれない。

 自身は気がついていないかもしれないが。

 戦う意味を他人のせいにしている。

 それじゃ、ダメなんだ。

 戦いというのは独善的で、身勝手なことなんだ。

 それが分からないから、誰も平和でいられない。

 本当は対話でわかり合えるはずのことを、誰も知らない。

 知らなくても、感覚で理解している者がいる。クリスのように。

「オレ様が折れるわけねーだろぉ!」

 空中に浮いた無数の火球が、海風のように葉を揺らし、熱波を帯び胎動する。

 放たれた火球の一つ一つが人を消し炭にする高エネルギー体である。

 それが着弾した地面はえぐれ、暴風と粉塵をもたらす。

「きゃあああああああ」

 激しく燃え上がる光りが明滅する。

 目に刺激を与え、脳髄を直撃する。

 鼓膜を狂わせる爆音。

「俺は――戦う」

 戦って、生き残る。

 俺はあがなうために。

 全てが報われて欲しいから。

 もう二度と俺たちのような子どもが産まれこないために。

 誰もが、みな同じ世界で違う環境で生き、本来あるはずの幸福を失ってきた。

 その理不尽は変えていかなくちゃいけない。

 誰でも幸せになる権利はある。

 誰もが幸せになれば、きっと未来は光り輝いている。

 そんな世界にするために――。

 そうでなくちゃ、今までなくなってきた人が報われない。

 あまりにも悲しすぎる。

 昔の人、亡くなった人に、世界はこんなに平和になったんだよ。と伝えたい。

 伝えることができれば、彼らは笑顔になるだろう。

 笑顔にできるのは、俺の、俺たちの力だ。

 生きている者の責任、あるいは義務だ。

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