第26話 マナ解放
怒りに狂ったグレンはこちらに向けて無数の火球を放つ。
一つ一つは小さいが、後方に飛んでいく火球はクレーターを生み出している。
爆炎と黒煙に巻かれて、身体が痛む。
心が痛む。
きしみ歪み、憎しみを解き放つ。
違う。ダメだ。
自制しなければ、何も変わらない。
グレンを殺したところで何も変わらない。
それはただの人殺しだ。
違うんだ。
毛穴から吹きだそうとするマナを押しとどめ、滞留する。
脳髄を刺激する気持ち悪さを抑えこみ、目の前のグレンに向き合う。
あそこにいる人は一人っきりだ。
それではダメなのだ。
それでは自分を見失ってしまう。
他人は鏡だ。
自分のしてきたことへの贖罪だ。
あがないきれない罪を背負い、それでも生きる。
それが人のあり方なのかもしれない。
それが人への責任の取り方なのかもしれない。
前に踏み出し、グレンの火球をものともしない。
「さすが、オレ様が認めたライバルだ!」
歓喜の声を上げるグレン。
「俺はお前と対話したい。わかり合いたい」
「はっ。憎しみ合ったオレ様らがどうわかり合う! お前は敵だ。倒すべき敵だ!」
「そんなことはない。憎しみを超越した先に未来がある。停滞してはいけない」
火球が後方で爆散し、熱風を肌で感じる。
「決められた物事、決められた役割だけではダメなんだ」
俺はしゃべりながら、言いたいことをまとめていく。
「俺は、俺たちは変わらなくちゃいけない」
この世界で一番変わっていけるのは、紛れもない俺自身だから。
「この憎しみ合うだけの世界を変えていかなくちゃ、地球圏に明日は見えないんだよ」
この世界の片隅で泣いていても変わらない。
「過去に縛られている奴は、邪魔なんだよ!」
弾けた火球が周囲の木々を燃やす。
熱波が押し寄せてくる。
熱い。
「このままじゃ、俺たちは本当に滅びし合うしかなくなる」
「それでいい。貴様さえ、いなくなれば!」
激高するグレンに向き合い、進む。
「確かにグレンは強いよ。それは認める。でもそれだけじゃダメなんだ。俺と一緒にこい!」
「は。バカも休み休み言え! テメーに協力してなんの意味がある!」
「なら、本気で行く。後悔するなよ!」
「くははは。そんな脅しに乗るかよ! さっさと覚醒してみせろ!」
言ったな。
俺は全身の毛穴からマナを放出させる。
皮膚を突き破り、血をまき散らす。
まっ赤に染まった姿はさながら赤鬼。
邪鬼すら感じる異形の姿にグレンは口笛を吹く。
俺の一撃を受けてみろ。
真っ直ぐに駆け出し、火球をものともしない走りを見せる。
血を糧とし、
地を蹴り、
知を活かす。
その力を完全に解放した今の俺ならグレンを倒せる。
この一撃を持ってグレンを説き伏せて見せる。
理知の中にある言葉が自分の思惟を制御している。
感覚が遠のき、不思議な感覚を覚える。
爆発する熱に身体を任せて剣を振るう。
一閃。
グレンの腹に突き立てた剣が弾かれる。
「なにぃ!?」
「は。テメーごときに殺されるかよぉ!」
マナだ。
グレンもマナを限定的に解除することで蓄積されたマナで肉体強化を行っているのだ。
それも俺よりももっとうまく、効率的に解放している。
魔弾をうち、後方にさがる。
だが、魔弾もグレンの前で赤子の手をひねるようなもの。
無価値な魔弾を弾き、ケラケラと笑いを浮かべるグレン。
「テメーは所詮その程度だ。オレ様と同じユニーク持ちらしいが、雑魚にかわりない!」
グレンが地面を蹴り、超加速する。
マズい。
頭ではそう理解しているのに、身体が追い付かない。
視覚情報と肉体のバランスがとれていない。
何やら変な感覚だ。
ずれている。
そう理解した頃にはグレンは目の前に立っていた。
「遅い!」
グレンの剣は俺の腕を切りつける。
皮膚を切り裂き、血管が何本か持っていかれ、神経がひりつく。
痛いと訴えかける細胞たち。
脳に危険信号を送る。
脳が各筋肉に送られてきた電気信号。
反応速度が遅い。
二度目の剣をかわせない。
胸の辺りを切りつけられ、俺はとっさに後ろに飛び去る。
それは最初の一撃を受けたときの反応だ。
わずかばかり、反応速度に遅延がある。
「やあああああ」
突撃していくクリス。
「待て。クリス!」
錫杖をバラバラに分解するグレン。
「は。この程度で!」
クリスは蹴りをいれられ吹き飛ばされる。
「くそっ!」
苛立ち唾棄を飛ばす。
こいつは化け物か。
グレンは戦闘に対して天賦の才がある。
とてもじゃないが、努力の研鑽である俺の攻撃はほとんど通じない。
言葉も通じない。
こんな奴をどう倒せばいい。
俺に勝てるビジョンがまったく想い浮かばない。
力が圧倒的に不足している。
青鬼と言えるグレンは、左目を蒼い炎を放っている。
まてよ。
あの目、なんで片目だけなんだ?
「グレン。お前はなぜ戦う?」
時間稼ぎだ。
思考を巡らせる
敵対するグレンの弱点を探る。
「は。オレ様はテメーみたいなチンケな理由で戦っているわけじゃない。全てを変える。この世界をまるごと変える。武器を持つ者がいなくなれば、平和になる」
「違う。それでは新たに武器を手にする者が現れるだけだ」
もし視覚情報に頼った攻撃なら?
「それでは何も変わらない。憎しみを生むだけだ」
「何が分かる?」
グレンが低く唸る。
片目だけのマナ解放、ならその右目はなんのため?
恐らく右と左で役割が違うのだ。
「テメーには分かるまい」
そうか。
通常の情報と、特殊な情報の処理を行うために左目にマナを集めているのだ。
だから――。
だったら――。
俺もマナを左目に宿す。
紅い炎が舞い上がり、視界がスローモーションに映る。
引き延ばされた時間が視界を揺らす。
脳の処理が痛みをもたらす。
瞬間移動をした。
通常の目でそう判断した右目だが、左目ではちゃんととらえていた。
グレンの
口笛を吹くグレン。
「やるじゃねーか! フィル!」
「お前が名前を呼ぶな! 歩みよる気はないんだろ?」
「ああ。戦い続けるのが人間として正しい姿だ!」
「お前の理屈は聞き飽きた。変わろうとしない者に何を言っても無駄なのかもしれない」
もうグレンは止められないのかもしれない。
でも俺は世界を変えたい。人を変えたい。
その先に願ったものがあると信じて。
諦観し、自暴自棄になったグレンとは違う。
俺は戦いに身を置きながら、憎しみを抑え込んでいる。
これが人の先にある何かではないか?
クリスが見せた光りではないか?
「俺も、お前も、弱いな」
苦笑を浮かべる俺を不気味に思ったのか、グレンが目を見開き後方に下がる。
「テメー、何を考えている?」
「俺たちだけでは平和にできない。彼女以外に」
俺は顎で指し示す。
「は。あんな小娘に何ができる? この世界をどうすると言うのだ?」
グレンは必死で言い訳を探す子どものように訊ねてくる。
「はは。そんなにうろたえるな。俺と一緒に殺し合おう」
それがグレンの望みなら。
俺はその天秤に乗ってしまった。
殺したのだ。
その罪は償う必要がある。
それは戦うことでしか
帰ることのない命を奪い、世界を閉塞させてしまった。
陽気で気さくな声も、弱気で頭の良い声も、もう聞こえない。
ここにはいない。
宿命と呼ばれた者同士、俺たちには責任がある。
変える前にこの決着はつけなくてはいけない。
すべての命に価値があるのなら、俺とグレンは決着をつけなくてはいけない。
互いを憎み合い、傷つけ合う。
それもまた彼らへの責任なのかもしれない。
命を預かり、奪いあった。
その先に何があるのかは分からない。
でもここで戦うことに意味がある。
変えていく前に変えなくちゃいけないことがある。
俺は、ここでグレンを倒す。
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