第25話 終末のとき

「ガイ!」

 誰かがそううめいた。

 殺されていい人じゃなかった。

 そう認識しているとウォーレスが視界の端で心臓を穿っている。

 グレンの矛先は確実に仕留めていた。

 残りはヴァイオレットとニックだけだ。

「……わしは撤退する」

 そう言って転移魔法で去るニック。

「ちょっと! ニック!」

 慌てふためくヴァイオレット。

「く。私の負けよ。さようなら」

 魔法を使い、空を飛ぶヴァイオレット。

 その高さは十メートルを超えている。

 剣では太刀打ちできない。

 だが、グレンなら――。

 火球を放つグレン。

 直撃を避けていくヴァイオレット。

 スカートをはためかせて去っていく。

「さて。テメーとはいつか決着をつけたいと思っていたんだよ」

「その前に」

 俺に駆け寄ってくるクリス。

 回復魔法で俺の傷を癒やす。

 とっくにマナの胎動は収まっていた。

 この力はいったいなんだというのだ。

 傷が癒えていくと、グレンは嬉しそうに見つめてくる。

「グレンさんも」

 動きがおかしいと思えばグレンは片腕から血を流している。

「いいや、このくらいのハンデ、オレ様にはちょうどいい」

 けらけらと笑うグレン。

 どこまでもいびつで、どこまでも自信家な彼らしい言葉だとも思った。

 プラトニックな関係だと勝手に思っているクリスの優しさを無碍にすることもいとわない兵士。それがグレンなのかもしれない。

 死をいとわない兵士か。

 俺にとって死は恐ろしいものだが、彼は違う。死すらも自分の糧にしている。

 人から命を奪うのが存在理由だと思っているのかもしれない。

 分からないが、彼は気構えが違う。

 他の誰とも重ならない色を持つ男だ。

 そんな彼になんて声をかけたらいい。

 ギンガナムを、ベルを、そして名も知らぬ少女を。

 俺とグレンの間にはこれ以上ないほどの溝を感じる。

 それは死に対しての認識や価値観が違うからだ。

 俺と彼では物事の価値基準が違いすぎる。

「俺は……」

 でももし対話できるのなら……?

「俺は戦いたくない。グレンはどうだ?」

「オレ様はテメーを殺したい。憎くて憎くて仕方ない」

「ならなぜ助けた?」

 俺はウォーレスと戦っていた。それを助けたのは事実だ。

「そりゃ、テメーをこの手で殺したいからに決まっているだろうが」

 さも当たり前のように手を広げるグレン。

「それはお前の甘さだな」

「はっ。知ったことか」

 グレンは胡乱げな視線を向けてくる。

 耐えきれずに視線を外すと、顔色をより一層明るくする。

 なぜそんな顔をするのか、俺には理解できない。

「テメーを殺すのはオレ様だ! 行くぜぇ!」

 地を駆けて俺に迫り来るグレン。

 俺は戦いたくない。

 グレンにだって家族がいるだろう。

 その家族が泣いているが見える。

 彼にだって大切な人が、大切なものがあるはず。

 それは目には見えない何か。

 信念といっても過言ないし、それを否定することもできない。

 なぜなら、みんなその信念を持って生きているのだから。

 火球を生み出すグレン。

「散れ」

 そう叫ぶと同時、火球が向かってくる。

 俺はジグザグに走り出し、火球を回避していく。

「はっ。逃げ惑え! フィル=アーサー!」

「お前は何のために戦っている!?」

 投げかけた問いにしかめっ面を浮かべるグレン。

「は。やらなければやられる。何必死に戦っているんだ!」

 火球が曲がりくねる。

 曲がる!?

「くそ! なんなんだ。これは!」

 曲がりくねる火炎魔法なんて聞いたことがないぞ。

 俺は木々を壁にし火球の直撃を防ぐ。

「フィル!」

 声を荒げるクリス。

 錫杖を手にグレンに突っ込んでいく。

「やめろ! クリス!」

「オレ様とのサシを邪魔するな! 二人まとめてかかってこい!」

 矛盾したグレンが顔を自信満々な顔でこちらを見やる。

 クリスに向けて火球を放つ。

 それを錫杖でいなしている。

 俺よりもクリスの方が強いのは分かっている。

 だが、俺は負ける訳にはいかない。

 樹木の後ろから踊り出し、距離を一気に詰める。

「は。二人同時か! 恥も外聞もないなぁ!」

 そう言って俺とクリスに特大の火球を繰り出す。

 最上級火炎魔法。それも同時に二つも!?

「逃げろ! クリス」

 俺は右に転がり、回避する。

 正直、クリスの面倒を見るほどの余裕はない。

 だがやらなくてはいけない。

「俺はお前が憎い。だが、それでは何も変わらない。何も得られない!」

「とち狂ったか! 人はそう簡単にわかり合えない!」

「そうかもしれない。でも諦めてしまえばそのままだ。世界の真理に取り残されてしまう!」

 グレンは顔をぐちゃぐちゃに歪ませて憎む。

「人を超える存在などありはしない!」

 グレンの言う通りかもしれない。

 憎しみを超えてしまえば、それは神への第一歩。

 人類愛にそこまでおもいれがあるわけでもない。

 しかし、だからと言って全てを諦めてしまえばそれで終わりだ。

 誰も幸せになんてなれない。

 誰も救えない。

 それじゃ嫌なんだ。

 そんなのはとっくに見飽きた。

「世界の心理、だからと言ってそれに従うのは違う!」

 そうだ。

 それでは何も解決できない。

 何も変わらない。

「人は、人はそんなものじゃない!」

「は。何が違う! 人は心理から離れられない。本能のままに生きるのが人間だ」

「違う! 貴様は己のエゴを押し通そうとしているだけだ!」

 俺は剣を構え突貫する。

 並々ならぬ火球の数々をくぐり抜け、突進していく。

「こいつ! 言うに事欠いて!」

 剣を構え直すグレン。

 剣と剣が交じり合う。

 きんっと金属が弾き合う音が鳴り響く。

 無骨な金属の塊に身を預けている。

 血肉を持つ人間にとってそれがなんだか皮肉に思えてきた。

 こんなことになるなら、もっと研鑽を積んでおくんだった。

 その後悔が今更、武力としての価値を突きつけてくる。

 積もるところ、技術が足りていないのだ。

 だからグレンにいなされる。

 体勢を崩した俺は蹴りを入れるが、グレンはもう片方の手で受け止める。

 柄を握った手がこちらに向く。

 鋭い刃を持った剣が俺の頭上に向けられる。

 俺はとっさに剣でガードする。

 弾き飛ばされた俺は地を二転三転し、擦過傷を負う。

「いただきます!」

 グレンの後ろから暗躍するクリス。

 その長い錫杖はグレンの額に衝撃を与える。

「やった――っ!」

 俺は喜び、立ち上がる。

 これでグレンは倒した。

 後顧の憂いを絶った。

 そう核心した。

 だが、グレンは瞳を輝かせてバランスを崩した身体を持ち直す。

「な、なんだ!? ありゃ……」

 グレンの左目が蒼い炎を纏う。

「ひゃはは、あは!」

 不気味な笑みとともに立ち上がるグレン。

 その表情に怯えるクリス。

「逃げろ! クリス!」

 バックステップを踏むクリス。

 今度は言うことを聞いてくれた。

 グレンを確認したまま、走り出すクリス。

 俺も注意を引こうとグレンに駆け寄る。

「あぎゃあぎゃぎゃ」

 鉱石ラジオが壊れた時のような音を立てて、ギザ歯を剥くグレン。

 そのつかんでいた剣に蒼い炎を纏わせる。

 剣を一閃。

 するとその切っ先から蒼い炎が飛び散る。

「きゃああああああ」

「グレン! 今すぐ止めろ!」

 俺は止めるために飛び込む。

 炎に巻かれて、喉と肺が焼けるようだ。

 でも行かなくちゃいけない。

 俺はもう大事な人を失いたくはないのだから。

 そのために戦うと決めたから。

 一方的と笑われるかもしれない。

 偏愛と言われるかもしれない。

 それでも彼女の性格はこの世界を救うと信じて。

 俺は前に進む。

 一人の少女を守るため。

 そしてこんな悲しいことを終わらせるため。

「グレン、俺たちが争う理由なんてどこにもないんだ!」

「弟を殺しておいてよく言う!」

 血にまみれた手が震える。

 走り叫ぶ声が震える。

「ギンガナムが、弟!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る