第24話 増援

 ウォーレスは大剣を引き抜き、こちらを威圧してくる。

 後方に下がるヴァイオレットとニック。

 ガイが短剣を引き抜き、ウォーレスと隣り合う。

「分からぬものは死あるのみ!」

 そう言って切り出すウォーレス。

 この勝負に勝てる自信はない。

 何せあの第四者だ。世界屈指の最強兵士。

 彼らに勝てるわけがない。

 それはわかっているが、対抗するしかない。

「人は戦い続けよう。それが人が生きる理由じゃ。戦い続けるからこそ、輝くのが人間というものじゃよ。若造!」

 バックステップを踏む。

 ニックの放った火球が目の前を通過していく。

 よけられた!

「よけた!」

 ニックが驚きの声を上げる。

 ウォーレスの大剣がふり下ろされる。

 俺はそれを剣でいなす。

 後ろでクリスの錫杖がガイの短剣を受け止めていた。

「フィル。無茶をしますね!」

「クリスもな!」

 何度かぶつかり合う金属。

 火花が散り、甲高い音が鳴り響く。

「こんなことをしても何も生まない。そういったのはキミのはずだ。アーサーくん」

「そうです。だから、この戦いが終わったら全てを解決します」

「できるものか」

 諦めた者の声。

 そう理解した俺は横薙ぎに剣をいなす。

 諦観し、世界を俯瞰したつもりでいる。

 熱のある者がこの世界を動かすというのに。

 それを影で嘲笑っているようなものにこの世界を変えられない。

 世界の邪魔なんだよ。

 それすらも分からない傀儡どもが!

 全身の毛穴が開き、マナが吹き出してくる。全身の皮膚を突き破り、血を吹き出す。

 赤く染まった全身は、ぬるっとしていて少し気持ち悪い。

 視界を赤く染め上げた俺はウォーレスに向かって飛翔する。

「なんだ! こいつ!」

「赤鬼」

 ボソッと呟くガイ。

「赤鬼だと!」

 赤鬼。

 鬼。修羅を超えた先にある和の妖怪。その通り名。

 角が生えているものが多く、体表は赤く堅い皮膚で覆われている。またその俗称。

 聞いたことがある。和と呼ばれる国の血筋だと。

 俺はその生き残りだったのかもしれない。

 すでに和という国は滅んでいる。

 財政難、疫病、飢餓によりその国を滅ぼしたとされる。

 赤く染まった視界から必要なデータだけを抽出し、襲いかかる。

 獲物となったウォーレスは逃げ惑う。

「ちっなんだよ! あいつは!!」

 ニックの攻撃範囲にはいったのか、火球魔法により現出した火球が横合いから飛んでくる。

 俺は気合いを飛ばすと同時、魔力の球を生み出し、相殺させる。

「なんと!」

 ニックは驚いたように顔を歪める。

「なんですの。あれ」

 ヴァイオレットもこちらに向き直る。

「フィル!」

 余裕の生まれたクリスがこちらに駆けてくる。

 恐らくは助けにきたのだろう。

 自分の命も守れないクセに。

 ふわふわと身体が軽くなるのを感じ、浮遊感を味わいながら、剣を突き立てる。

「止めろ! このままではお前も死ぬぞ! アーサーくん!」

 余裕のない調子で俺を見やるウォーレス。

 死にたくないのなら戦うのを止めればいい。

 俺たちを始末しようとしたの、忘れたわけじゃない。

 どうせ死ぬなら自分で選ぶ。

 死に場所を。死に方を。

「くっ。こいつはなんだ?」

 その恐怖が自分に差し向けられているとわかる。

 だが引くわけにはいかない。

 他人を怯えさせるのは本意ではないが、俺は負けるわけにはいかない。

 誰も望んでいない戦いを起こすもの。

 すべて敵だ。

「戦う者、全てが敵だ」

 血に飢えた獣は駆逐する。

 剣を振るうと、ウォーレスの髪をはらりと切りおとす。

「お前に何ができる。争うのは人の本能だ。本質を知らぬ者が戯言を言うな!」

「言って何が悪い。人間は理想を叶えてきた。疫病にも、飢餓にも勝ち抜いてきた」

 俺は歯ぎしりをし、口の中が血で滲むのを感じた。

「人は歴史を繰り返すのだよ。だから戦うことに意味がある」

「自分勝手な解釈をするな! お前らのような奴がいるから、世界は戦い続ける」

 本能だからと言ってそれをひけらかすことは、それに甘えることは許されない。

「甘えるな!」

 俺には分かる。

 敵とする者が見える。

 こいつらには芯がない。

 何が何でも守らなくちゃいけないものが。

 クリスのような強さが。しなやかさが。想いが。

 憎悪を許すわけにはいかない。

 だから討つ。

 だから倒す。

 俺の存在に賭けて、敵を討つ。

 そしてみんなのところに帰るんだ。

 ウォーレスも、ヴァイオレットも、ニックだって、ガイでも。本当は分かっているはずだ。

 この世界に正義などないということを。

 正しいと信じていることほど無意味なものを。

 だから示す。

 人の優しさと温もりを。

 この冷えきった世界に暖かさをもたらすのは、血の通った人間の成せる技だ。

 それが分からないポンコツどもに今一度、言い聞かせてやる。

「この冷え切った大地に、新しい熱がある。それが〝愛〟だ!」

「愛だと? ふざけたことを言うな!」

「同意ね。そんなもので人は救えないわ」

「形なきものは信頼できぬ」

 ウォーレスが叫び、ヴァイオレットが頷き、ニックが拒む。

「フィル!! やりましょう。わたしたちにしかできないことを!」

「こざかしい雑魚が!」

 苛立ち憤怒の顔を浮かべるウォーレスが大剣の切っ先、その先端から火球を生み出し、クリスに向かって放つ。

 放たれた魔法球まほうきゅう――魔弾まだんがクリスに吸い込まれるようにして渦を巻く。

 直撃。

 そう思った次の瞬間。

 魔弾は雨を吸い込む土のように、クリスの一部に吸われていく。

 首から下げたペンダントに。

 ペンダントには魔力断絶の付与魔法があったのかもしれない。

 あの市場では価値の分からぬ者が扱っていたのかもしれない。

 俺は真っ直ぐにウォーレスに飛翔し、その剣を弾き飛ばす。

「はっ。テメーだけに活躍はさせねーよ!」

 横合いから躍り出てきたグレン。

「グレン!? なぜここに……」

「あら、忘れないで欲しいわね」

 ララまでいる。

 状況がつかめないが、俺はウォーレスを端に追いやる。

 そこで剣を構えるグレンが着地する瞬間を狙う。

「オレ様も、こいつらには散々うっとうしいと思っていたぜ」

「力を貸してくれるのか? グレン」

「はっ。決着をつける前に消えてもらっては困るんだよ。オレ様にとってはな!」

 グレンが火球を放つ。

「そんなもの」

 ウォーレスは短剣を引き抜き、火球をはじき、散らす。

「テメーのその姿は理解に苦しむが、オレ様の敵に決まっているだろうが!」

 唾棄するように吐き出すと、剣をウォーレスに斬りかかる。

「くっ。おれはウォーレス=スペンスだぞ!」

「知るか! ボケ!」

「なんだと!」

 グレンとウォーレスが戦っている中、後ろから追撃するガイとヴァイオレット。

 放たれる矢を剣で弾き、肉迫する。

 ガイは器用に弓で受け止め、短剣を振りかざす。

 俺は空いた脇腹に蹴りを入れる。

「……っ!」

 少しうめいた声が聞こえる。

「お前もウォーレスと同じなのか?」

 俺はガイに問う。

「それは……」

 ぼそっと小さな声を上げるガイ。

 悲痛な叫びを上げるウォーレス。

 手心を加える気はないらしいグレン。

 ニックが足止めしているクリス。

「お前も諦観し、戦うのが生きがいか?」

「……」

 また無言になり、短剣をくぐらせる。

 俺はそれを剣でいなし、再び蹴りを加える。

 その顎にヒットした蹴りが脳髄を揺らし、衝撃を、ダメージを与える。

「くっ!」

 ガイがうめくと同時、俺は少し距離をとる。

 すぐさま剣の柄を握りしめて、地を蹴る。

 全身から吹き出したマナが肉体を強化する。

「これで終わりだ」

 マナの力で矢よりも早く飛びつく。

 剣を突き立ててガイの首を討ち取る。

 血を浴びる。

 英雄の首を、第四者の首を討ち取った。

 ただの街一番だった剣士が。

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