幽霊モール
染谷市太郎
幽霊モール
「ねえ、知ってる?」
君の語りだしに、僕は昔流行っていたイヌと豆のキャラクターを思い出す。
「このショッピングモールには幽霊がいるんだって」
「ふーん」
僕はストローを齧りながら適当に相槌をうった。
「ええ~食いつき悪くない?幽霊だよ?ゆ・う・れ・い!」
そんなに強調しなくとも、空いたフードコートだよ。君の声は十分聞こえる。
「幽霊っていわれてもさ」
僕は周辺をぐるりと見渡す。適度な人口密度だ。
「ここで事故とか事件とか自殺とか、あるはずないじゃん」
「でも幽霊だーっていわれてるんだもん」
もん、と君はむくれる。
くだらない。僕は氷が溶けたジュースを一気に吸った。
夏休み。僕らが住む片田舎の街には、若者らしい娯楽はない。唯一といっていいこのショッピングモールは、暇と夏の暑さにあぶれた僕らの避難所だ。朝から夜まで、ショッピングモールは時間つぶし放題の天国と言える。
「そんなことよりさ。今日はどの映画観る?」
特に映画館が併設されている点が、僕からの評価を爆上げしている。僕らは映画が共通の趣味なのだから。
「あ!あれがいいな!怪獣映画のリメイク!」
「時間もちょうどいいやそれにしようか」
「たのしみ~あれ大好きなの!」
「僕も。やっぱり怪獣が登場するまでの上げ方がいいよ。まったく未知のものが出てきたって感じで」
「わかる~。後半の盛り上がりも好きだけど、序盤のワクワク感も好き!」
君と映画の趣味が合うことは、僕にとって最大の幸福だと思っている。そうでなければこのショッピングモールも、つまらない避暑地にしかならなかっただろう。
好きなシーンを語る君の言葉を聞きながら、しかし、僕の視線は別の方向へ向いていた。
そこに見慣れない人たちがいたからだ。
「あれ~?誰だろ?」
好奇心が旺盛な君は、僕をおいて近づいてしまった。
「ねえねえおにいさんたち、どうしたの?」
僕も遅れて彼らに近寄る。
三人組の男だ。そのうち一人が持つ、無機質なカメラのレンズがこちらを向く。
最近流行りのユーチューバーというやつか。
「どうもー、カバTVのカバオです!お嬢ちゃんカバTVはもちろん知ってるよね!」
「あはは!知らなーい。変な名前」
僕も知らないし変な名前だと思う。
「えぇー!この前登録者数1000万超えたばっかだけど?!知らないなんて、おっくれってるぅ!」
別に知らなくても問題はないと僕は思う。あとムカつく。
「あはははは!」
まあ、君がたのしそうならいいや。ムカつきはそっと心の内にとどめた。
「それで俺たち実は……ショッピングモールの幽霊を調査しに来ました!」
ドンドンパフパフと三人組は勝手に盛り上がる。
そのにぎやかさに、周囲の人もちらちらと視線を向けていた。
「幽霊!ほら、幽霊やっぱりいたんだよ!」
つられて盛り上がる君に、僕は適当に相槌をうつ。
「やっぱ地元民だから知ってるか!」
「うん。いつもここにいるし」
「お、もしかしてお嬢ちゃんたち、いつもここがデートスポットな感じ?」
失礼だな、この男は。
僕は不機嫌を隠さないが、三人組はそれを楽しんでいる。
「あはははははは!デートスポットじゃないよう」
腹を抱える君の笑い声は、三人組のぶしつけさを吹き飛ばしてくれた。
「でも毎日はいるけどー」
「毎日?こりゃまたヘビーユーザーだね?!」
「外もいいけど、ここの中のほうが断然いいからね!」
「まだ十代でしょ?海とかいかないの~?」
「海とおいもん、お金ないし」
「ショッピングモール入り浸ってる方がお金なくならない?」
「大丈夫だよ!」
にこっと君はとびきりの笑顔を向ける。
「だってここが居場所だし!」
「へ、へぇ~」
三人組は解答に困っている。
会話が途切れた今がチャンスだと思った。
「ねえ、映画始まっちゃうよ」
「え?!大変!急がなきゃ!」
本当は開始時刻まであと10分あるが。
「お、最近の若者は何観るのかな~」
しかしついてくる三人組。どうしてしつこいんだ。
映画館を覗き込んだ三人組は、眉を顰める。
「あれ?最近こんな映画やってたっけ?」
カバオという男を皮切りに、他二人も首をひねった。
「リバイバルか?これなんて、何年も前じゃないか。ふっ、こっちは公開間近って書いてあるけどとっくに過ぎてるし」
立てられていたパネルに、田舎やばいな、などと笑う声が響く。
それをじとりと周辺の客は見ていた。
「笑うなんてひどいな~。この映画、マイベストな最高傑作なのに。これ以上の作品はないってくらい何度でも観れるよ」
君の言葉に、僕はうなずく。今でも、初めてみたときと変わらない感動を与えてくれる作品だ。
「みんなも観ればわかるよ!毎日見ても飽きないもん」
ポップコーンを押し付ける君に、三人組はたじたじになった。
「コーラもあるからね!最高でしょ!」
「はは、いや悪いけど俺たちようがあるから」
三人組は少しずつ距離を開けようとしている。
でもそんなもの、君には通用しないね。
「もったいないよ!ここに来たんだから楽しんでいきなよ!」
「楽しむって、こんな店の顔ぶれも古いショッピングモールで……」
「大丈夫!」
君は自信満々に胸を張る。
「楽しい映画を観たあとは一階のレストランでディナー。その前にフードコートでおやつにする?」
「服屋さんでイメチェンもいいよね!最近はスポーツ系の服がマイブームなの!」
「夜には本屋さんでゆっくり読書。ゲーセンでひと汗かくのも乙だよね!」
「お風呂の心配はいらないよ!バックヤードにシャワー室あるんだ。意外だよね。大丈夫!ビニールプールで浴場も作れるから!おやすみする寝具屋さんのベッドは気持ちいいよ。みんなで楽しいこと、共有しようよ!」
さすがにベッドまでは共有できないけどね。僕は心の中でひとりごちる。
カバTVだかバカTVだかの三人組は目を白黒させていた。さすがにこの人たちは勧誘には合わないと、僕は思うけど。
君は笑う。
「ずーっとずーっとこのショッピングモールで遊ぼうよ!大丈夫!ここが私たちの居場所なんだもん!」
あははははははははははははは!
笑う君に、さすがに気味が悪いと三人組は逃げ出した。ポップコーンがパラパラと床に広がる。
あんなに必死に走ちゃってまあ。別に僕らの仲間になるだけで、取って食いやしないのに。
「ありゃりゃ~」
「残念だね」
僕はポップコーンを片付けながら肩をすくめる。
「楽しいとおもったのになー……はっ!」
肩を落とした君は、しかしすぐにぱっと顔を上げる。
「いけない!映画始まっちゃうよ!映画!映画!」
「大丈夫だよ、最初の10分は予告だから」
いつものように走り出した君のあとを、僕は新しいポップコーンを持って追いかける。
さてこれで何百、いや何千回の鑑賞になるだろうか。
2016年、夏休みのある日。僕らが最高だと思った、あの映画を観た日。このショッピングモールは明日を迎えることはなくなった。
永遠の一日が続く。永遠の夏休みが続く。このショッピングモールは永遠に僕らの居場所になる。
片田舎のわずらわしさに比べれば、閉鎖感に比べれば、暗い将来に比べれば、ろくでもない家に比べれば、ここは永遠の安心を与えてくれるんだ。それも君と共に。
最高じゃないか。
それにしても幽霊とは言い得て妙だ。成長も進歩もしない僕らは、確かに幽霊みたいだ。
誤ってここに足を踏み入れたあの三人組は、僕らのことを、幽霊のように停滞するショッピングモールのことをどう扱うのだろう。
いや、時計の針が進み続ける、もはや別世界の人々だ。興味はある。だが、外の世界を詮索するほどここに飽きているわけではない。
「早く早く!」
君の手招きに誘われて、僕は腰を下ろす。
座席はちらほら埋まっていた。皆、この停滞したショッピングモールに迷い込み、居場所にした人たちだ。
永遠に上映することのない映画たちの予告が開け、配給会社のロゴが浮かぶ。おなじみの波しぶき。
君の横顔がわずかな光源に浮かぶ。その目はまっすぐに、楽しいと語っていた。
ふいに君は僕を振り返る。
「やっぱり最高だね!」
この映画、と君の言葉に、僕は適当に相槌をうった。
幽霊モール 染谷市太郎 @someyaititarou
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