後編 怖い夜に

 帰り道の半分ぐらい来たところで、ばあちゃんは石かなにかにつまずいて転んだんだよ。


 ばあちゃんを見下ろしている妖怪送り狼の顔が、急に冷たく変わった。

 さっきまでとはまるで違う。冷たーい氷みたいだったよ。こっちを見てる鋭い目には残酷な光が灯ってる。

 みるみる妖怪送り狼の全身の毛は総毛立ち、周りの空気が怪しく変わっていったのさ。

 ばあちゃんの額には玉の様な脂汗が浮かんできてた。


 ――送り狼という妖怪だがな、一見親切そうだが気をつけなさい。そいつはあんたが転ぶと襲ってくるんだよ。


「どっこいしょ。休憩、休憩」


 ばあちゃんはそう言って地べたに座り込んだんだ。

 すると妖怪送り狼は、わっはっはっと笑った。


「そうかい、そうかい。ただの休憩か」


 瞬く間に不穏な気配は消え、また妖怪とばあちゃんは家路を歩いたんだ。

 正直怖かったけどね、平気な素振りをしといた。


 妖怪送り狼は転んで隙を見せると襲って来る。

 あの牙でもって襲われたらひとたまりもないのさ。あの世行きだね。

 転んでも慌てずに休憩の素振りをすると襲って来ないんだよ。

 なんとも不思議だろ?



 そのうち池が見えて来た。

 ほとりで河童がこっちを見て手招きするんだよ。

 ばあちゃん眠くなってきてさ、うっとりぼやーっとしてねぇ。

 誘われるまま河童んとこ行きかけた。

 そしたら送り狼がばあちゃんをお姫様抱っこして、急いで走り出したんだよ。


「なにすんだいっ」

「馬鹿な娘御むすめごだな。河童の奴は沼にお前を引きり込んで、しりだまを食う気なんだよ」


 尻こ玉は魂のことだと言われとる。


 結局な、ばあちゃんは妖怪送り狼に河童から助けてもらって、お姫様抱っこされたまま運ばれて家に到着したんだよ。


 そうそう、妖怪送り狼に送ってもらったら礼を忘れずにな。


「ありがとう、さようなら」

「じゃあな」


 ばあちゃんはあれっきり送り狼に会ったことはないねぇ。

 もう一度ぐらい会っても良いんだけどさ。


 あんた、いいかい?

 よくよくね、気をつけるんだよ。

 優しそうな送り狼にはさ。



     おしまい

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おばあちゃんの武蔵野怪談話② 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

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