おばあちゃんの武蔵野怪談話②

天雪桃那花(あまゆきもなか)

前編 怖い夜に

 うだるような蒸し暑い夏の夜。

 ちょっとでも涼しくしてやろうと、おばあちゃんは夏休みを利用して会いに来た孫娘に、とっておきの肝が冷えるような怪談話を聞かせてやることにしました。




 ――蒸し暑いおばあちゃんが孫娘に、「怖い妖怪のこわ〜いお話をそれじゃあ話そうかね」と言って話しだしました――



 ばあちゃんが、まだ花も恥じらうピッチピチの乙女だった頃の話だ。

 学校を卒業してから、ちょっと都会で働き始めたばあちゃんは、その日な帰りがうんと遅くなった。

 列車を使って通勤してたんだけどさ、最寄りの駅の周りにはお店も何もないちっちゃな駅だったね。


 最終列車が駅に着いた時には、降りたのはばあちゃんだけ。

 人は誰もいないし、バスももうない。

 遠くは電灯もあんまし立ってなくてさ。田んぼと畑の道は寂しい感じでちょっと怖くてね。

 いつもだったら、ばあちゃんはお父さんに農作業用の軽トラで迎えに来てもらうんだけどね。

 その日は、お父さんもお母さんも遠くの親戚の結婚式だったかね、一泊旅行に出掛けちゃってたんだよ。


 いつまでも駅に居たって仕方がないから、家に向かって歩き出したんだよ。

 ばあちゃん怖かったけど。

 なるべく楽しい事を思い出したりして早歩きで帰ってた。


 急に電灯がチカチカとしたんだよ。

 そしたら、ばあちゃんの背後からひたひたと足音がする。

 後ろに誰がいるかは分からない。

 怖いから振り向けない。

 ばあちゃん、いよいよ全速力で駆け出したんだよ。


 そうしたら――

 ばあちゃん、腕を掴まれた!


 そいで追いかけてきたナニカが言ったんだよ。


「おいっ! オレが家まで送ってやる」ってさ。


 ばあちゃんの顔に近づけてきたナニカの顔は、紛れもなく狼だった。

 大きな狼が二本足で立って、前足でばあちゃんの腕を握ってるんだ。よくよく目をこらして見ると、狼の手は人間みたいな手をしてたね。


 ――こりゃ、送り狼だ!


『良いかい? よく聞くんだよ。ここが武蔵野といわれた昔からな、この辺りにはなあ、送り狼っちゅう獣の妖怪がおるそうだから。あんたはじゅうじゅう気をつけなさい――』


 ばあちゃん、お父さんとお母さんに口を酸っぱくして言われてたもんだから警戒はしとったが、まさか本物に出会うとは思わなかったさ。


 だけど、妖怪送り狼は牙を剥き出しにしながらも人懐っこそうに笑って、ばあちゃんの腕を離さずにゆっくりと歩き出した。

 逃げようにも逃げられないのも分かってたから、大人しく妖怪と家路を並んで歩いてたね。

 でも、なぜだかちっとも怖くないんだよ。


 妖怪送り狼はおしゃべり好きだったからか。ばあちゃん、いけないと思いつつもさ、楽しい気分になってきた。

 だって、送り狼の奴は歌を歌ったり面白い話をしてきてよぉ、のんびりとした調子でいるからな、ばあちゃん、心を許してしまいそうだったね。


 妖怪送り狼は、その名の通り家まで送ってくれる妖怪だ。

 しかも悪いやつから守ってくれるらしい。

 だが……一つだけ、気をつけなくちゃならない事があるのさ。

 なにかって?

 まぁ、聞きなさい。



          つづく





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る