第三話 兄、億野麻呂
「おーい、
あたしの隣を歩いていた
「誰……?」
とあたしに訊いた。
「兄上よ。」
(ばか兄なの。)
と、あたしは心のなかでつぶやいたが、何も知らない
丸顔の久君美良は、優しくにっこり笑って、
「そう。あっちで待ってるわ。」
と離れてくれた。
あたしは、くるりと振り返り、
「兄上。何?」
とスパッと訊いた。
「か〜! 実の兄に一月ぶりに会ったっていうのに、冷たい!
オレはこ〜んなに、
よよよ、と十八歳の
あたしは笑顔で、──あたしも会えて嬉しいと思っているわ、兄上。と言おうとして、
「こちたみ。(うざ)」
と言った。あれ? 口がおかしい。
「本当鎌売! 本当、うちの
と
兄は豪族らしい、わりと整った顔立ちをしているので、笑うと、まあまあ良い
「元気そうだなあ! オレは、急ぎとかで、
と、手にした木簡を見せるように掲げ、にっこり明るく笑った。
兄は、
この広大な敷地の半分、西は
真ん中には仕切りがあって、
用事を言いつけられれば、別である。
ぽん、ぽん、木簡を自分の肩にあてながら、
「どうだ、最近は?」
と気さくに訊いてきた。
「ええ、やっと見習いが終わって、
「おー、意氣瀬さま付きか。ほーほー、なるほどねぇ。意氣瀬さまは跡継ぎだぜ。これで鎌売も将来あんた……。」
ガスっ! 鋭い蹴りが
恐るべき早さの鎌売の蹴りである。
「あたしは、
「いてッ、ひでえ。もう本当怖い。安心しろ、おまえみたいなきっつい
おー、いて、いてえ。」
「まあ、意氣瀬さまの件は、好きにしろよ。だが、もし、意氣瀬さまが万一、きっつい女が好みだったら、きちんとお仕えしろよ? おまえは
「わかってるわよ。」
ふん、とあたしは鼻を鳴らす。
もし求められたら。覚悟がないわけではない。
「本当、変わんないなあ……。
安心して良いのか、不安に思ったほうが良いのか……。
おまえ、二十歳すぎても、婚姻相手が現れなかったら、どうするんだよ。もうちょっと、そのきっついところ、なんとかしろよ。
でないと、いくら
初めて言われたわけではないが、今のはちょっとこたえた。
わかってる。
自分は、きっつい性格をしてる。
あたしは、そこらの
あたしが真正面から言葉を浴びせて、耐えられる
「こちたみ、こちたみっ!(うっさい、うざい!) ばか兄!」
と右の拳を握る。
「あー、すまん、すまん、言いすぎた。久しぶりに会った
そして、にかっと笑って、
「な、な、それより、おまえと一緒にいた、あの
「
「ほお。……もしかして、意氣瀬さま付き?」
「そうよ。」
「じゃあ、もう……、意氣瀬さまの。」
「何度ばか兄って言わせるのよ!」
「ないの?」
「ないですーっ!」
あたしは、べー、と舌をだした。
そして、あ、
兄はこんな性格だが、
久君美良は
だが、あたしが、──久君美良に変な気を、と言う前に、
「ありがとな〜、じゃ、女官のお務め、はげめよ。※たたら
と、
「兄上もお務め、頑張ってね! たたら濃き日をや。」
と、最後くらいは、あたしは可愛い
兄は、ちょっと振り返り、明るい笑顔で左手を振ってくれた。
あたしは産まれた時から、
その為、読み書きやしとやかな所作、きちんと教養を身につけてきた。
いずれ
家柄からいえば、
しかし、必ずなれるわけでもない。
いくらあたしが名家の出でも、ご寵愛を得た
たとえ無学であろうとも……。
あたしは、
求められたら、きちんと仕える。
……しかし、数回、物珍しさで
なにせ、この性格である。
認めたくないが、ばか兄の言う通り、意氣瀬さまがきっつい女好み、という変わった嗜好の御方でない限り、ご寵愛、はないであろう。
それより、あたしの望む道は、
意氣瀬さまのご寵愛を得た
女嬬として登り詰めれば、
何かにつけ、佐味君に融通をきかせることだって、できるはず。
せめてもの、
───
あなたは十五歳になったら、
自身も二十歳まで
兄の遊び仲間の
あたしは、己の歩く道を決めたのだ。
※たたら
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330663595516566
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。