第四話 あたし達、頑張りましょうね
暗闇から、しとしと……、と音がする。
雨の宵。
「頼むわ、
「わかったわ。」
小さな木綿の袋で、高価な化粧紅の粉を包んだものだ。
ぽん、ぽん、と頬をたたくと、頬が紅に色づく。
鏡は、この部屋にはない。
当たり前だ。貴重なものだから……。
こうやって、お互い、化粧しあうのが、一番失敗が少なく、早い。
とは言え、今は、化粧をするのは、
あたしは、化粧しない。
ここは、上級の女官部屋。
通常は五人部屋だというが、
この三人が、飛び抜けて家柄の良い、豪族の娘達だからだ。
さっきから、ずっと久君美良が無言だ。
外は雨。
ひゅう、吹き込んでくる、雨の匂いのする風に、蠟燭が揺れる。
そんな頼りない明かりのもとでも、久君美良が、じっと椿売を見つめているのを、あたしはひしひしと感じる。
もう隠す気もない、嫉妬の眼差しだ。
どうしてこうなってしまったのか。
あたしは内心、ため息をつく。
* * *
今年の一月、初めてこの三人は顔をあわせ、新しく女官見習いとして、ここ
珍しく、失敗をし───彼女が
「
と棒を持った
「打ちなさい。」
と自ら
罰でふくらはぎを打たれる時も、声一つたてなかった。
あたしは、そんな
一方、丸顔の
一月、意地悪な
「まあっ!
違いがわからないの?
これは
艶といい、厚さといい、他の
とバカにされた時には、あたしは悔しくて一晩泣き明かした。
自分の家まで侮辱されたのが、許せなかった。
「悔しいっ、悔しいっ、
とずっと袖で涙を拭うあたしを、同室の女官二人は最初こそ慰めてくれたが、椿売はすぐに、
「いつまで泣いてるのよ。久君美良、もう放っておいたら良いわ。」
と自分の髪を
「鎌売……、悔しかったのね。気にしないのよ。ほら、もう泣き止んで……。」
といつまでも背中をさすってくれた。
その優しさを、あたしは忘れない。
久君美良はぽわんとした可愛い顔の
そんな久君美良は、二月に入って、
「あたし、
と頬を染めて、教えてくれた。
「あら、恋したの。」
「い、い、いいじゃない。」
と久君美良はますます真っ赤になって、顔を両手で覆ってしまったものだった。あたしは、
「まー、いいんじゃない。あたし達の家柄から言えば、三人とも
隠す必要のない事は、隠さない。
ばっさりとあたしが言うと、
「あはは! 鎌売ははっきり言うわねえ。そういうところ、好きよ。……そうよ。あたしの両親だって、そう言ってたわ。」
そう言って、椿売は、艶のある微笑みを浮かべた。
(あー、美人。)
あたしはその微笑みを見て、素直にそう思う。
久君美良も、顔を両手で覆うのをやめ、
「あたしの家も、そうよ……。でも、そんな話がなくたって、あたし……。意氣瀬さまは素敵だと思うわ……。」
とはにかんで微笑んだ。
もともと可愛い久君美良だが、恋をしたのだろう。ますます、可憐だ。
(あー、可愛い。)
椿売が近寄ってきて、
「あたし達、頑張りましょうね。」
と、あたしと久君美良の肩を抱いた。
久君美良は、赤い顔で、こくり、と
「女官としてなら、頑張るわ。
でも、
張り合わないわよ。
あなた達に並んで、
と言うと、久君美良が、ぷっと笑い、
「鎌売ったら! あなたも綺麗でしょうに。」
とあたしの肩をたたき、椿売が、
「あはは、本当面白いわね、あなた。」
と人差し指で、鎌売のおでこをピンと弾いた。
三人で、あははは、と笑い合う。
「でも、本心なのよ。
あたし、
そこまでして、
多分、恋愛にそこまで
それより断然、
向かうところ敵なし、という権力のある女嬬となって、長く
それがあたしの夢よ。
ね、椿売、久君美良、二人のどちらでも良いわ。
あたし、有能な女官として、尽くすわ。」
そう真剣に告げると、椿売が、にっ、と笑った。右手を、三人の中央に出す。
「いいわ。
久君美良が、椿売の右手の上に、右手を重ねる。
「あたしも、良いわ。」
あたしが、一番上に、右手を重ねる。
椿売が堂々と口を開いた。
「
久君美良が優しく微笑みながら口を開いた。
「
あたしがしめくくる。
「
この二人が女官として取り立ててくれた暁には、心より
三人、微笑みあい、手をはずし、近寄り、しっかりと抱き合った───。
↓「一話」、「二話」に貼り付けた挿絵の全景です。興味のある方だけどうぞ。
(同じ絵だからね)
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330663653732494
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