Ⅱ 新造船の内覧会

 それより半月ほど後のこと……。


「──素晴らしい。我ら白金の羊角騎士団の精神を、まさに体現しているかのような軍船だな……」


 仄暗い巨大な覆屋の中、天窓から差し込む陽光に照らし出され、銀色に輝く真新しい船体を見上げながら、金髪碧眼の耽美な顔をした青年は感嘆の声をあげる。


 その当世風のキュイラッサー・アーマー(※胴・二の腕・腿部だけを覆う対銃弾用の分厚い鎧)の上に純白の陣羽織サーコートとマントを纏い、その胸にプロフェシア教の象徴シンボル、見開かれた大きな一つ眼より放射状に降り注ぐ光──〝神の眼差し〟と、それを左右から挟み込む羊の巻き角を描いた装いの美麗な騎士こそ、白金の羊角騎士団団長、ドン・ハーソン・デ・テッサリオである。


「いかにも。こうして実際に目にすると、聞いていた以上の出来にございますな」


 また、同じく真っ白な装いをした口髭のダンディなラテン系も、ハーソンの斜め後で異口同音に素直な感動を口にしている……こちらはハーソンの従兄弟で副団長のドン・アウグゥスト・デ・イオルコだ。


「まるで鎧を着ているみたいですね……わたしの魔術・・・・・・がなくとも、もうこのままで充分なような……」


 さらにもう一人、黒い修道女服にハーフアーマー(※胴部だけの鎧)を身に着け、やはり羊角騎士団の紋章入り白マントを羽織った尼僧が二人の後に続いている。


 その異国情緒溢れる褐色の美貌を薄布のベールで隠した女性は、もと・・魔女の魔術担当官メデイアである。


「スゲエのは外見そとみだけじゃねえですぜ? さ、中もご案内しやす」


 そうして船影に圧倒される依頼主の三人に、アルゴナスは自慢げに胸を張ってそう告げると、ピカピカの弦側に取り付けられた昇降用の梯子の方へと彼らを促す。


 大砲などの兵器も含め、物質面・・・においては一応の完成を見ることができたため、本日、白金の羊角騎士団を代表して団長のハーソン達は、自分達の船の仕上がりを確認しに来ているのだ。


 ちなみに船が完成したので今日、造船所は休みであり、アルゴナス以外の船大工達は誰も出勤しておらず、今日はいつになく覆屋内が静かである。


「当然といえば当然だが、マストも新築の家の柱のようだ……」


「ここに我ら騎士団の紋章が翻る様を早く見たいものですな」


 アルゴナスに促され、濃厚な木の香りに満ちた上甲板へと登ったハーソン達は、やはり真新しいマストを見上げながらさらなる感動を覚える。


 今はまだ覆屋の中なのでヤード(※マストの横棒)に吊るされる帆はたたまれたままであるが、それでも興奮は冷めやまない。


「感心するのはまだまだですぜ? こいつのかなめはやっぱり二重砲列甲板でさあ」


 汚れ一つない上甲板を楽しむ間もなく、続いてアルゴナスは下階とを繋ぐ梯子のある船尾楼の中へと三人を案内する。


「これはまた壮観だな……」


「ええ。軍船についてはずぶの素人ですが、素人目にもスゴイと充分わかりますな」


「これだけじゃねえですぜ? 同じものがもう一層この下にもありやす。つまり火力は並の重武装ガレオンの二倍でさあ」


 薄暗い内部甲板に空いた無数の四角い窓に、端から端までずらっと並んだ黒光りするカノン砲……ますます興奮を隠し切れないハーソンとアウグストに、アルゴナスは自慢げに胸を張ってそう答える。


「そう言われてみれば、確かにそれほどの火力になるか……一隻だけでも小さな艦隊並だな」


「なんだか取り締まられる海賊達が可哀想になってきますな……」


「やっぱりわたしの魔術はいらないような……」


「でもって、ダメ押しに例のご注文いただいてた特殊兵装でさあ。さ、今度は船首の方へ……」


 続いてアルゴナスはそのまま第一砲列甲板を船首側へと歩き、圧倒される三人をその突端へと誘う。


「さあさあ皆様ご覧じろ。こいつがハーソン卿発案の新兵器、紅蓮の炎で敵船を焼き払う〝アイエテスの牛砲〟でさあ!」


 そこは巻角の生えた女神の船主像フィギュアヘッドが飾られている裏側の空間。船首に穿たれた砲門には、牡牛の頭部を砲口にあしらった赤銅あかがね色の砲身が据えられている。


「もちろん、こっちの散弾を放つ〝スパルトイ砲〟にも換装可能ですぜ? 別名〝カドモスの龍牙〟でしたな。威力はカノン砲に劣りやすが、これなら進行方向の敵船に牽制を喰らわせながら突っ込めやす」


 また、その傍らにはドラゴンの頭をあしらった砲口の、青銅色をした大砲も一門設置されている。


「いやなに、別に俺の発想というわけではない。以前、そんな火を吐く怪物・・とやりあったことがあってな。なかなかいい武器だったんで真似させてもらったまでだ」


 アルゴナスの説明に、ハーソンは淡々と謙遜しながらも、その実、どこか満足げな顔をしてそう答える。


 その特殊な兵装は、以前、ハーソン達が新団員スカウトのために北の海を訪れた際、そこで遭遇した海の竜〝シーサーペント(※海のドラゴン)〟に着想を得て開発した火器なのだ。


「兵装はまあこんなとこでさあ。お次は居住空間を案内しやす。近いとこでまずは一般船員室から見ていきやすか……」


 その後も三人はアルゴナスに先導され、乗船する一般団員達の寝泊まりする大部屋や、船尾楼にある船長室に幹部達の個室、船首楼に設けられた厨房、医務室などを順々に巡って説明を受けた。


「──ともかくも、注文以上のものを造ってくれたことに礼を言おう、マエーストロ・アルゴナス。その匠の技を讃え、貴殿も羊角騎士団の名誉団員とするとともに、この船を〝アルゴナウタイ号〟と名付けようと思う」


 一通りの船内ツアーを終え、上甲板へ戻って来たハーソン達は、船を造ったアルゴナスら船大工の労をねぎらう。


「え! あっしが羊角騎士団の団員ですかい!? いやあ、一介の船大工にそいつあもったいねえでさあ」


「なにをいう。貴殿はエルドラニア…いや、エウロパ随一の船大工の棟梁。それが貴殿の仕事に対する相応の扱いというものであろう。いやむしろ足りないくらいだ」


 思いもよらぬ名誉なその厚遇に、畏れ多いとかしこまるアルゴナスに対して、ハーソンは首を横に振るとさらに彼を褒め称える。


「いやあ、そりゃあ褒めすぎってもんでさあ……けど、この船はこれまでで一番の最高傑作。あっしの名を冠してくださるのはうれしい限りでごぜいやす」


 それでも新造船の出来に対しての自負はあるらしく、ハーソンの名付けた船名は素直に気に入ってくれたようである。


「さて、そんじゃま船の案内もすんだことだし、いよいよ最後の仕上げ・・・・・・をしてもらうといたしやすか」


 そうして少し気恥ずかしそうにハーソンの粋な計らいに答えた後、アルゴナスは話を変えるともう一つの本題を口にする。


「おお! 新造船に興奮して忘れておった! むしろそのために今日は来たんじゃたな」


「わたしはちゃんと憶えていましたよ。というか、だからわたしも同行してきたんですし……」


 すると、思い出したかのようにアウグストが声をあげ、それを継いでメデイアが待ってましたとばかりに一歩前へと出る。


「それでは早速、悪魔の力・・・・を船に付与させていただきます。親方さん、メインマストの最も根元に近い場所へご案内いただけますか?」


「ええ。もちろんでさあ、エルマーナ(※シスターの意)。さ、こちらへどうぞ」


 そして、尋ねるメデイアにアルゴナスはそう答えると、彼女を促して再び船尾楼から船の内部へと向かう。


「ではメデイア、ご苦労だがよろしく頼む。ま、そなたならばなんの心配もいらんがな」


「はい。お任せください。完璧に仕上げてまいります。では、少々お時間をいただきますのでまた夕方にでも」


 そんなアルゴナスの後を追い、声をかけるハーソンにそう答えると、メデイアもまた船の下層へと梯子を降りていった。

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