El Espiritu del Calafate 〜船大工の心意気〜
平中なごん
Ⅰ 造船の街
聖暦1580年代晩冬。エルドラニア王国北東部バッコス地方ティヴァーリャ……。
暖かな陽光降り注ぎ、北のバスケット湾から吹き寄せる穏やかな海風に抱かれたこの町には、朝から晩までトンカン、トンカン…と、木材を加工する音が木霊している。
ここ、隣国フランクルから程近く、かつてナバナ王国のあった地に位置する港町ティヴァーリャは、遥か海の向こうに新たなる大陸〝新天地〟を発見し、大海洋国家となったエルドラニアを支える造船業の街である。
「──ようやく形になってきたな。まったく、とんでもなく攻めた船を注文しやがって……おーし! 野郎ども、最後まで気ぃ抜くんじゃねーぞ!」
そんな町の沿岸部に並ぶ造船所の一つで、赤く日焼けした髭面に恰幅のよいオヤジの咆哮が、巨大な覆屋の中に今日も響き渡る。
そのビールっ腹だが筋骨逞しく、白の編み上げシュミーズ(※シャツ)に茶のオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)を履き、革のエプロンを着けた男の名はアルゴナス・プリウスソス……この造船所の棟梁にして当代随一と称される船大工である。
仁王立ちして彼が見上げるその眼前には、真新しい一隻の大型船が威風堂々と聳え立ち、それに取り付いた大勢の職人達が金槌を振るったり、
だが、その船はただ真新しいだけでなく、従来のものとは大きく異なっていたりもする……。
通常ならば左右の弦側に一段で並ぶ砲門の列が、上下二段となって無数の四角い穴を船殻に穿っている……つまり、船内には大砲が並ぶ砲列甲板が二層になって存在しているのだ。
また、背が低く細身の流線型をしたその船体はかなりの速度を出せそうであるが、すべて横帆のガレオン船やキャラック船などとは違い、三本あるマストの内の前二本には遠洋航海に適した
そして、素人目にもわかる一番の特徴は、その船体のほぼすべてが銀色に輝く装甲板で覆われていることであろう……その木造船は、一見して鋼鉄でできているようにも見る者を錯覚させるのだ。
加えて船首から伸びるバウスプリット(※帆を張る綱をかける柱)の下には〝羊の巻角を生やした金色の女神〟の
その火力・速度に優れるフリゲート艦をさらに防御面でも強化した特殊な新造船……それは、エルドラニアが誇る精鋭部隊〝白金の羊角騎士団〟が海賊討伐をするために造られた快速艇なのだ。
「にしても、護教のための騎士団さまが新天地で海賊退治たあ、ほんと、世界も時代も変わったもんだぜ。このティヴァーリャの船大工が大忙しなのも頷けらあ……」
棟梁アルゴナスは自作の新型フリゲート艦を感慨深げに眺め、〝新天地〟発見以降の大きな世の中の変化を感じる。
彼の言葉通り、〝白金の羊角騎士団〟は当初から海賊討伐をするために組織されたものでもなければ、このような軍船を必要とするものでもない。
本来はエルドラニアをはじめとするエウロパ世界の国々が国教とするプロフェシア教(預言教)を、異端や異教徒から護るための護教騎士団である。
しかし、時の流れとともにその本来の意義は失われ、いつしか王侯貴族の師弟が箔を付けるためだけの、格式と伝統だけはある名誉団体と化してしまっていたのが近年の状況であった。
ところが、そもそもその羊角騎士団を結成したボゴーニア公国の大公フィリッポン三世の血を引くカルロマグノ一世が、エルドラニア国王に即位したことで騎士団を取り巻く環境は一変する……。
ボゴーニア公国は神聖イスカンドリア帝国を構成する領邦国家(※王国に満たない小国)の一つであるが、カルロマグノはそのイスカンドリア皇帝も兼ねているため(皇帝名はカロルスマグヌス五世)、団員の多くが帝国出身者である羊角騎士団を有意義に使おうと考えた。
即ち、新天地の植民地化を進めたエルドラニアは大海洋国家へと変貌を遂げ、海の向こうから運ばれるてくる富で大いに繁栄を極めたが、それに比例して海賊の害も急増したため、その討伐に羊角騎士団を当てようというのである。
だが、有名無実化した名誉団体では到底その任に耐えられない……そこで、若き王は王国最強の騎士── 古代異教の魔法剣〝フラガラッハ〟を持つドン・ハーソン・デ・ティサリオを中流階級の出でありながらも大抜擢し、〝
するとその期待にドン・ハーソンも応え、役立たずなお坊ちゃま達を全員お払い箱にすると、身分を問わず全国から集めた有能な人材に団員をそっくり入れ替え、真の精鋭部隊へと羊角騎士団を再生してみせた。
さらにそこへ、護教のためではなく海賊討伐のため、最後の仕上げとして与えられるのが、海の上で彼ら
「これまでにも重武装ガレオンは何艘と造ってきたが、ここまで武装を先鋭化した船は初めてだぜ……我ながらとんでもねえバケモンを造っちまったな……」
「ま、これなら依頼主の要望にも充分応えられたってもんだろう。なんとか工期にも間に合いそうだしな……おーし! 野郎ども! ちょつっと一休みするぞーっ!」
「へーい!」
そして、再び吠えるが如く号令をかける厳しくも優しい棟梁アルゴナスに、船に取り付いた職人達も一斉に返事の声をあげた──。
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