第2話
額に冷たいものがのせられた気がした。
ひんやりとしたその心地よい感触で意識が少しずつ覚めてくる。俺はいつから、どのくらい眠っていたんだっけ。ふわふわの布団に寝かされている。
近くで、誰かが動き回っている音がした。重いまぶたをゆっくりと開く。目覚めの感覚に小さくうめき声が漏れた。
まだはっきりしない視界の中で背の低い誰かがパッと振り返ったのがわかった。先程から俺の周りを動いている人物だろう。
「ビジュガ様?」
随分と声が高い。幼女だろうか。
そう思った矢先。
「ビジュガ様が!!! お目覚めになりました!!!!!」
幼女は何と言っているのかよくわからない、ほとんど悲鳴のような声を上げながらどこかへ走っていた。酷く驚かせてしまったみたいだ。なんだか申し訳ない。寝ていたほうが良かったのかもしれない。
バタンと乱暴に扉が閉まる音がした。どうやら、部屋には俺一人になったようだ。
少しずつ視界がはっきりとしてきた。ここは、誰かの寝室? 俺の知らない場所だ。少し警戒しながら室内を見回してみる。
一番に目に入ったのは天井の絵だった。おどろおどろしい、これは魔物、だろうか。ベットの真上に大きく描かれている。随分と悪趣味な寝室だ。こんな天井じゃ怖気で睡眠の質が下がりそうだ。この部屋の持ち主はちゃんと寝れてるんだろうか。
部屋の内装はゴシック調にまとめられており、どこか現実離れした見た目だ。サイドテーブルには見たことのない花が咲いている。家具や装飾品はどれも高価そうだ。ここは富豪の家か何かかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると部屋の外が騒がしくなった。バタバタと煩い足音が複数人分聞こえてくる。
そして、ドゴッという音とともにドアが開いた。驚いた。今の、絶対に普通にドアを開けた音じゃないだろ。襲撃を受けたのかと思った。
「お目覚めになられましたか!!!!」
先頭にいた男性が叫んだ。
「ぉわ声でか」
続く爆音に心臓が休まらない。声に出してしまった。
「これはこれは、つい大声を……大変失礼いたしました」
そう言って男性は頭を下げる。
改めて見ると、その男性は随分かっちりしたタキシードを着ていた。執事服のようだ。ここの執事さんですか? いや、気になるのはそこではない。
「あの、大丈夫ですか? ごはんちゃんと食べてます?」
男性は脈略のない質問に豆鉄砲を食らったような顔をする。
我ながら急すぎやしないか。しかし、思わずそう聞いてしまうほどその男性はまるで……爪楊枝のようだった。細身なんてレベルじゃない、爪楊枝みたいに段違いに細い人間が肩幅のあるタキシードをびしっと着ている。随分と服が重そうに見えた。
「私ですか? ええ、ええ、もちろんです。お心遣い感謝いたします」
爪楊枝のような男性は顔を上げて微笑んだ。
目が合って初めてその顔を見た。
……不細工だ。
病的なほどにこけた頬。垂れすぎた目。六十代くらいに見えるのに肌にはシワ一つなく綺麗で、それがとてつもなく不自然に見える。佇まいや所作は全て、男の俺でも惚れ惚れするほど格好いい。それなのに……なんなんだ、この残念さは。
「ビジュガ様?」
爪楊枝に首をかしげて訊ねられ、我に返った。
ビジュガって、誰だ?
念のため後ろを振り返って見るがそこに人はいない。どうやら、ビジュガと呼ばれているのは俺らしい。
そう理解した途端、頭に電流を流されたような強い衝撃が走った。
「〜〜っ!!!」
「ビジュガ様!?」
激痛に割れそうな頭を押さえてベットの上でうずくまる。少しでも油断すると気絶しそうだった。
その瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。
人のいない会社のオフィス、床に転がった薬の瓶、そして倒れた俺自身の姿。
そうだ、俺は残業中に倒れて……
少しずつ頭の痛みが退いていく。
「ビジュガ様、大丈夫ですか?」
爪楊枝が心配そうな顔でなにか言ったが、聞こえなかった。
夢でも見ているみたいだ。
どうやら俺は、ビジュガという男に転生したらしい。
俺と周りだけビジュが悪い 碧海にあ @mentaiko-roulette
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺と周りだけビジュが悪いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます