おれかつ。
冥沈導
おれかつのすゝめ。
「……はぁーあーあぁおぉーうぇあ」
「……ニャー」
ため息が長すぎのウザすぎだ!
「んー? そんな怒った顔をしないでよー」
「ニャニャッ!」
怒っていない! こういう顔だ!
おれはじん。としはよっつ。えきぞちっくしょーとへあである。
おたくな主人の好きな“まんが”というやつに出てくる、“おし”とやらの名前からつけられたようだ。
ぎんぱつのようなぐれーの毛色と、いつもおこっているようなこの鼻ぺちゃ顔に、ひとめぼれしたそうだ。
しつれいきわまりない。
主人は、仕事に疲れたらぺっとしょっぷにくるくせがあった。
おれが売れ残る前から、ちょくちょく元わがやのぺっとしょっぷ『あにあにまるまる』に来ては、
『——仁さんだー!』
と、おれがいるけーすに顔と手を張り付かせてきた。
こいつにだけは飼われたくないと思った。
だが、やはりにんげんの間では、すこってぃっしゅほーるどやまんちかんという、可愛いやつらが人気だ。
そいつらは次々と、にんげんたちに迎えられていった。
そんな中、まだいるおれを見ると、ぱあっと顔を明るくしたかと思えば、寂しそうに笑い、
『仁さん、まだいてくれたんだねー』
と言ってきた。
それからも、
『仁さーんっ』
『来たよー』
『今日もイケメン、いや、イケニャンでしゅねー』
と、話しかけてきた。
そして、とうとう、
『じ……、この子ください』
ねんぐの納め時がやってきた。
主人の家族になる日がやってきた。
おれにきょひ権はない。
かくごを決めてやってきた主人の家は、すごかった。
“おし”だらけだった。
かべ“おしぽすたー”、“おしどけい”に“おしたおる”、“おしくっしょん”まであった。
いちばん不気味だったのが、
「見てー! “推しお面”! これをつけるとねー! 推しになれるの!」
意味がわからなかった。りかいする気も起きなかったが。
そして、最後に、
「見て見てー!? いつも怒っている顔、そっくりでしょー?」
と、“おしぬい”やらを見せてきた。
「……ニャッ」
だから、怒っているのではない、こういう顔だ。
しつれいなやつの家族になってしまった。
♯★#
ぐったりな日々はここから始まる。
このにんげん、いや、おれの主人は、
「……はぁーあーぁーあぅ」
とんでもなく面倒くさかった!
まず、思いこみが激しい!
「まーた、やっちゃったー」
相手はそうは思っていないかもしれないのに、ウザがられたとすぐへこむ。
「私、普通じゃないから加減がわからないよー」
立ちなおりがとにかく遅い。
「すぐ調子に乗るからなー、あと——」
面白いほど次から次へとしっぱい点を出していく。そして、
「はぁーあー……」
底なしにへこむ。
こうなると、しばらく“とらんす”という状態になる。
こういう時の手はひとつしかない。
「……ニャー、ニャーン」
わざと甘えた声を出し、ほおずりをしてやるのだ。そうすると、
「ぐすん、最後の最後には優しい……。やっぱり仁さんだねー!」
おれを抱きしめ、
「……生きる」
“ねこすい”とやらをしてくる。しかも、長い。そういう時は、
「ニャー!」
ばしばしとぱんちをおみまいしてやる。
「ごめんごめんっ」
そうすると、なぜか幸せそうに笑う。主人はどうやらどえむのようだ。
「ちょっと推し活してくるねー」
実は、へこんだ主人をふっかつさせるいちばんの手がある。それが、
「キャー! 仁さーん! かっこいー!」
“おしかつ”だ。
“おし”がでている“まんが”を読み、応援している。
“まんが”を持ったまま、べっどの上で転がりもだえる。
“おしかつ”は、猫のおれにはりかいできない。何故なら、
「あぅあー、もう充分だよー、このままじゃ死んじゃうよー」
主人は応援しているのに、ときどき泣く。
だから、何が楽しいのかかいもくけんとうつかぬ。
「はひょー、推し補給終了ー」
“おし”がでている“まんが”を、本棚のていいちに戻すと、
「にゅへー」
おれを見て、いつも気持ち悪い笑みをうかべる。
あ、どうでもいい話だが、主人は“としうえせってい”とやらが、好きらしい。
“まんが”に出てくる“きゃらくたー”とやらが年下でも、脳内でおのれをとししたに変換して、もうそうしている。
だから、たいていの“きゃらくたー”はさん付けだ。
よって、
「じんさーんっ」
おれももれなくさん付けだ。
「じんさん、仁さんはね、あんな顔をしているけど、本当はとっても優しいんだよ?」
紛らわしくてすまない。ぜんしゃがべっどに寝転んだ主人に抱きあげられているおれで、こうしゃが“おし”だ。
「そんでね、甘党なの! ギャップ萌えだよねー!」
「……ニャー」
……知らん。
……知らんが、紙の中にいる“おし”に、おれが負けるのは、気分がよくない。
だから、おれは“おれかつ”を主人にすすめようと思う。
確かに、“おし”が主人に与えるえいきょうはでかい。だが、じっさいに生きていて、そばにいるのはおれなのだ。
だから、“おれかつ”をすすめようと思う。
“おれかつ”。
おれに貢ぐといい! さぁ! まずはおやつの『にゃんぴゅーれ』をよこすのだ!
「ニャー! ニャッニャー!」
「んー? 仁さんの話をもっと聞きたいのー?」
「ニャー!」
違う!
「じんさんは優しいねー、長くなるけどいーい?」
「ニャッ!」
嫌だ! おやつをよこせ!
だが、ここで暴れるおれではない。
なんたって、主人は、
「じんさんだけだよー、こんな私に付き合ってくれるのはー!」
とにかく面倒くさい!
いつも! どこでも! 何かしらで! ねがてぃぶすいっちが入る! めそめそする!
多分、にんげんのなかで、いちばん面倒くさい!
「猫パンチしてもいいからさー、ずっといてねー」
「……ニャー」
……仕方がない。
主人のそばにいて、常にはげます。それがおれのさだめなのだと、最近わかった。それと同時に、こんな面倒くさい主人に付き合えるのも、おれだけだということも。
「ニャー」
だから、仕方ないからつきあってやろう。
それが、“おし”というもので、おれは主人の、りあるな“おし”なのだから。
ニャン(完)
おれかつ。 冥沈導 @michishirube
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