7話 楽しいパーティー
ルイちゃんのパーティー当日になりました。
「アニカちゃん。やっぱり行かなきゃダメなの?」
ミサはアニカちゃんと一緒に、パーティー会場に向かっています。
アニカちゃんはミサの後ろをトボトボと歩いていました。
ミサはときどき振り返っては、歩みを止めました。
「行かなきゃダメだから」
アニカちゃんは暗い顔で言いました。
とてもパーティーが始まる顔ではありません。
「でも、行きたくないなら行かなくても……」
「行かなかったら、ルイに殺されるよ」
ミサだってそう思いました。
夕方の空は曇っていて、どんよりとしていました。
街の人達は下を向いて歩いていました。みんな顔にマスクをしています。ミサはその光景を見るたびに、身体がブルっと震えました。まるで人じゃないみたいだったのです。
アニカちゃんの歩みは、どんどん遅くなっていきます。
それはルイちゃんの家に近づいていることを意味しています。
やがて、アニカちゃんが立ち止まりました。
ミサは顔をあげました。目の前には大きなお家があります。
「アニカちゃん……」
「大丈夫……私は、平気だから……」
アニカちゃんは口元をぎゅっと結ぶと、ぎぃっと扉を開けました。
飛び込んでくるのは、眩しい光でした。思わずぎゅっと目をつむります。
光の中に笑い声が聞こえてきました。目を開けると、大きなテーブルが目の前にありました。その周りに10人くらいの子どもたちが立っています。
「あ! 来てくれたんだね!」
パタパタと走ってきたのは、ルイちゃんです。
ルイちゃんはいつもよりもきれいです。茶色の髪が整っていて、王女様のようなティアラを付けて、赤いドレスが大人っぽいのです。
ミサはなんだかドキドキしました。
「待ってたよ、ミサ。ほらみんな! この子がミサ!」
「あっ、あのね、ルイちゃん……わっ!?」
ミサが話をする前に、子どもたちがミサを囲みました。
「わぁ、ほんとうに鳥の巣みたいな頭だね!」
「ふわふわしてそう!」
「ちっちゃくてかわいい!ミサちゃん!」
「なんだか変な匂いがする!」
「そこがキュート!」
「あっ、あうう……」
みんなが笑顔でミサを見ています。
その視線は、悪い気持ちにはなりませんでした。
むしろ——自分を歓迎してくれていることが、嬉しかったのです。
ただ、ミサが喜んだのもつかの間です。
「ミサ……どういうこと?」
アニカちゃんがミサを見つめました。
その顔が青くなっています。
「アニカちゃん、違うの。これは——」
「おやおやぁ? どうしてここにクソゴミがいるのかなぁ!?」
ルイちゃんがずんずんと歩くとアニカちゃんをにらみました。
ルイちゃんは鼻を手で押さえます。
「こんな臭いゴミがあたしのパーティーに忍び込んだとか、ほんとサイテー」
「だって、来ないと殺すってルイが——」
「あ〜、言ったわ。ま、来なくても殺すけどね!」
あはははは!
子どもたちの笑い声が一斉に響きました。
「アニカちゃ——」
「ミサ、紹介してあげる!」
アニカちゃんのところへ行こうとしたミサを、ルイちゃんがギュッと抱きしめました。
「このアニカってカスはねぇ、魔女なんだよ!」
どきりとしました。
アニカちゃんは、魔女ではありません。
魔女なのは、ミサの方なのです。
「この感染症を広めて、街の人達を不安にさせた張本人。なんで魔女狩りに遭わないか疑問だよね。早く死んでほしんだけどさ」
「あ、アニカちゃんは——」
「嫌だよねぇ。このパーティーがクソカス最悪になっちゃう!」
ミサが話そうとするたびに、ルイちゃんは大声で遮りました。
「ねぇーみんなぁ。この哀れなアニカのこと、どう思う?」
子どもたちがぎょっとした顔をしました。
ルイちゃんはあの怖い笑顔を浮かべていたのです。
『き、気持ち悪いよねぇ?』
『最悪な女!』
『ゴミカスでしょー!』
『虫!』
『学校にくる価値のないザコ!』
『今すぐ死んだほうがいいよねー!』
子どもたちは口々に言いました。
ルイちゃんは「あはは!」と大声で笑います。
「そういうことだからさぁ……今すぐ、ここで死のっか?」
ルイちゃんはテーブルに置かれたナイフを掴みました。
「これで自分の首を切って?」
「……切りたくない」
アニカちゃんはふるふると首を振りました。
ルイちゃんはアニカちゃんに無理やりナイフを握らせます。
「ほら、切れよ。お前はこのパーティーの見世物なんだから」
肩をぽんと叩くルイちゃん。
アニカちゃんは両手でナイフの柄を握りました。
ナイフの先をみつめます。ギラリと鈍色が光りました。
「ほら! 死ーね! 死ーね! 死ーね!」
ルイちゃんが手拍子をしながら言いました。
『死ーね!死ーね!死ーね!』
他の子たちも遅れて手拍子をしました。
『死ーね!死ーね!死ーね!』
『死ーね!死ーね!死ーね!』
声がどんどん大きくなっていきます。
死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!死ーね!
「……っ!」
アニカちゃんはナイフを持ったまま、パーティー会場を飛び出しました。
会場にいた子どもたちはぽかんとしていました。
やがて「あはは!」と笑う声が聞こえました。ルイちゃんの声です。
「ほんとあいつ、つまんねー女だよねぇ!」
他の子たちも「そーだよね!」と苦笑いをしていました。
ミサは黙ったまま、アニカちゃんが出ていった会場の出口を見つめます。
ぱん、とルイちゃんは手を叩きました。
「邪魔者はいなくなったし、気を取り直して“ちゃんと”パーティーをしよ!」
子どもたちは「いえーい!」と手を挙げました。
「アニカちゃん! 待って!」
ミサは街を走りました。
パーティーを抜け出して、アニカちゃんを追いました。
でもアニカちゃんの姿がありません。遠くに行ってしまったようです。
でもミサは走りました。
アニカちゃんがどこにいるかはわかりません。
アニカちゃんに会わなければいけないのです。
アニカちゃんがどう思っていても、今すぐ会わないといけないのです。
夜になっても、アニカちゃんの姿はありませんでした。
ミサは藁にもすがる思いで、森に行きました。
そう、ミサと会っていたあの場所に。
「……アニカちゃん?」
真っ暗な森の中で、金色がゆらりと揺れました。
アニカちゃんの金髪です。やっぱりここにいました。
「アニカちゃん……ごめんね」
屈んでいたアニカちゃんが、ミサを睨みました。
「何に謝ってるの?」
「その……嫌な思いさせちゃったから」
「嫌な思いって、どんな思い?」
「わたしが……ルイちゃんと、仲良くなって……」
アニカちゃんが立ち上がります。
そしてミサの肩をぐっと掴みました。
「なんであんたが、ルイと仲良くなってんの?」
アニカちゃんは目を赤くして言いました。
「あたしに隠れて、あいつと仲良くしてたんでしょ。私のいないところで、悪口言ってたんでしょ?」
「言ってないよ。アニカちゃんのことは何も——」
「嘘つき!!」
大きな声にビクッとします
アニカちゃんの声が震えます。
「あたしのこと、陰で笑ってるんでしょ? あんな奴と一緒にいたくないって、そう思ってるんでしょ?」
「思ってないよ。だって今日も助けようとしたよ!」
「できてないから言ってるのッ!!」
ぐいっとミサは引っ張られました。
地面に叩きつけられると、上からアニカちゃんが乗ってきました。
ミサの顔の前で、ギラリと光りました。
パーティー会場で渡された、あのナイフでした。
カタカタと揺れるナイフは、いまにも刺さりそうでした。
「あたしのこと……幸せにしてくれるんじゃなかったの?」
ぽつりと、しずくがミサの頬に落ちました。
それはどんどん増えていきます。
雨ではありません。
「逆だよ。幸せどころか、不幸にしてる」
ミサは何も言えません。
アニカちゃんが言っていることは、本当のことなのです。
「あんたといると、不幸になるよ……」
アニカちゃんはナイフを地面に落としました。
そして、声を上げて泣きました。
とても大きな声でした。
いつも小さな声でボソボソと喋るアニカちゃんとは思えないほどでした。
ミサはアニカちゃんの腕を握ろうとしました。
でも、ばしっと払われてしまいました。
強く触られた手がじんじんと痛みました。
「アニカちゃん……ごめんね……」
ミサはそれしか言えませんでした。
アニカちゃんを幸せにしたい気持ちはほんとうです。
でも、どうにもならないこともあるのです。
ミサは神様ではないのです。
ただの魔女見習いで、ただの人間なのです。
「ミサ……お願い」
アニカちゃんは腕で目元を拭うと——ぎゅっとミサを抱きしめました。
「ルイと、もう仲良くしないで……」
泣いたことで温かくなったアニカちゃんの顔を。
ミサは静かに抱き返しました。
「あたしだけのミサでいて……」
私は魔女ではありません! ようひ @youhi0924
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