九坂

莞爾


はじめまして、九坂くさかです。


私の体験した話なのですが、他の人に話しづらい気味の悪い話で、でもどこかに吐き出したくて、筆をとりました。


会社の先輩だった人の話です。


一年ほど前、その先輩と私と同じプロジェクトチームのメンバー2、3人で飲みに行ったことがありました。

先輩とは元々仲が良く、その席で先輩は彼女と旅行に行ったときの話を写真を見せながらしてくれました。

スマホの画面に1枚ずつ写真を表示して、この料理が美味しかったとか、ここの景色がキレイだったとか、そういう話をしていました。

スワイプして次の写真を表示して、その写真の説明をして、またスワイプして、とやっていたんですが、ホテルの部屋から撮ったという夕日の写真をスワイプした次に表示されたのは、

画角いっぱいに人の目が写った写真でした。

私は驚いて声をあげました。

先輩は慌てた様子で他の写真を表示し、

ごめん今の俺の目を撮ったやつ

と言いました。

私は、何で自分の目なんて撮ったんですかとかそういう風に聞いたと思います。


「目の中に映ってるやつを確かめたくて」


それが先輩の答えでした。

その場ではそれ以上追求しなかったのですが、私はその答えに違和感を覚えました。

先程の写真、おそらくスマホのカメラを自分の目に近づけて接写したのだと思いますが、その場合目の中に映り込むのは反射したスマホのレンズくらいではないでしょうか。

先輩が一体何を確かめたかったのか気になりました。




飲み会がお開きになって、私と先輩は帰る方向が同じだったので一緒に電車に乗っていました。

会話がちょうど途切れた時に、私は思い切って気になっていた目のことを切り出しました。

先輩は少し迷って、それから、変な話なんだけど、と前置きして話し始めました。


「何日か前の話なんだけど、目にゴミが入って、それで洗面所の鏡で目を見てたんだよね。

そしたら、中に人影みたいなのが映り込んでるのに気がついて。


普通はさ、鏡に映った自分の姿が反射して目に映ってるでしょ?

でも、鏡に映った自分の前に立ちはだかってるみたいな感じで黒い人影が映ってるんだよ。


その時は気のせいかと思ったんだけど、次の日もやっぱり同じで」


言いながら先程の目の写真をもう一度スマホの画面に表示しました。


「それで気になってスマホで撮ってみたんだけど。ほらここ、分かる?」


先輩は目の写真をさらに拡大し、瞳孔の真ん中あたりを指さします。

確かに瞳には黒い人の形をしたものが映っていました。

その後ろには反射したスマホのレンズが映り込んでいたので、その黒い人がスマホのレンズと先輩の目の間にいて、それを撮影したという感じに見えました。


その後どう話を切り上げたのか覚えていないのですが、気味が悪いですねとか光の加減ですかねとかそんなことを言った気がします。




私は幽霊とか怪奇現象とかそういったものが苦手なので、それ以降こちらからそのことを話題に出すことはありませんでした。

しかし、先輩は目のことが気になってしょうがない様子で、その後もたびたびその話をしました。

あの人はいつからいるんだろうとか、何をしてるんだろうとか。

私は、あまり気にしすぎない方がいいんじゃないですかと言ったのですが、

その話をするとき先輩はいつも上の空でこちらの言葉は届いていないようでした。




数ヶ月後、先輩は会社を無断欠勤しました。


今までそういうことはなかったので、みんなで事件や事故に巻き込まれたんじゃないかと心配しました。

私も社用スマホで何度か電話をかけてみたのですが、繋がりませんでした。


しかし、その日の夜8時くらいだったと思います。

先輩から社用スマホに電話がかかってきたんです。

私はすぐに電話に出て、何があったんですか、大丈夫ですかと聞きました。


「あのさあ」


私の言葉をさえぎるように話し始めた先輩の声は妙に間延びして聞こえました。


「目の中の人だけどさあ、あれ黒い人影じゃなくて、後ろ姿だったんだね。


黒髪で黒い服着てて、それで後ろ姿だったから黒い人影に見えてたんだよ。


だから、その人ずっと俺のこと見てたんだね。

ずっと俺の方を向いてるから後ろ姿しか見えてなかったんだ。


それで、今日ね、」


通話口の向こうからくつくつと笑う先輩の声が聞こえました。

何かを思い出して、それがおかしくてたまらないという感じで。

そして、笑いを噛み殺しながら言葉を続けました。


「顔見せてってお願いしてみたんだよ。


そしたら振り向いてくれて、すっごく楽しそうに笑ってて、」


電話が切れました。

私は無意識の内に通話終了ボタンを押していました。

心臓がバクバクしていて、嫌な汗をかいていたのを覚えています。

先輩はかけ直してきませんでした。


次の日になって、やはり心配になり電話をかけてみましたが、もう繋がりませんでした。

無断欠勤した日から先輩は会社に来なくなり、結局退職してしまいました。

社員証や社用スマホなどの貸与物は郵送で返却されてきたそうです。


返された社用スマホは初期化されていないままで、中身のチェックを行っていた社員から目を撮った写真が大量にあって気持ちが悪かったと聞きました。それ以上のことは怖くて聞けていません。


話は以上です。


この一件以来、鏡を見てもあまり自分の目はのぞき込まないようにしています。

















ずっと見られてる

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