第4話 部活動
放課後になると、部活動が始まる。
一応まだ部活動見学期間なのだが、ほとんどの一年生はすでに入部する部活を決めて先輩たちと一緒に活動していた。架月が入部したのは総合文化部で、小寺先生という学生たちとほとんど見た目が変わらないくらい若い女の先生が顧問をしてくれている。
総合文化部は十五人ほどが所属していて、みんなで美術室に集まって部活動の時間に好きなことをしている。絵を描いたり、小説を書いたり、プラモデルや折り紙を作ったり、塗り絵をしたり、活動内容は様々だ。
一年生も何人か総合文化部に入ったけれど、なんとその中には莉音の姿もあった。彼女はいつも二、三年生の女子の先輩たちと美術室の隅っこに集まって、先輩が持ってきた漫画やイラスト集を眺めている。架月の前では不機嫌そうな顔ばかりを見せる莉音は、女子の先輩たちと一緒にいるときはコロコロと明るく笑っている。
架月はというと、絵を描いている先輩たちの集団に混ざって毎日自由帳に好きなゲームのキャラクターを描いていた。
自分の決まった座席がないので、いつも席選びには緊張する。しかし架月は、入部してすぐに自分の定位置を見つけていた。
「隣に座ってもいいですか? 利久先輩」
「いいよ」
プリントの裏紙に小さい文字ですらすらと文章を書き連ねていた利久は、顔を一切上げずに架月を受け入れた。
利久はいつも「いいよ」と言ってくれるから聞きやすいのだ。利久の隣に腰を下ろして自由帳を広げながら、ちらりと利久の手元を見遣る。
彼が裏紙に書いているのは、ハリーポッターの原作小説のワンシーンだ。利久はハリーポッターシリーズが好きで、原作の分厚い小説をほとんど覚えてしまうほど読み込んでいるという。彼は何も見ず、プリントの裏がびっしりと埋まるくらい原作小説の文章を書き起こす。毎日同じことをしているから、隣で完成品を見せてもらう架月もだんだん小説のワンシーンを覚えてきてしまった。ハリーポッターは読んだことはないのに、ウィーズリー家の双子の片割れが死ぬシーンを知ってしまった架月である。
自由帳のページを絵で埋めていたら、美術室を巡回していた小寺が「シオカラーズ、上手だねー」と声を掛けてくる。架月が入部初日から自分が描いているキャラクターのことを長々と説明していたせいで、小寺は元のゲームを知らないのに架月が描くキャラクターの名前や設定を覚えてしまっている。利久の小説写経と自分のイラスト作成は、たぶん同じような感じなのだろう。
「架月くんは絵が上手いよね、すごい」
小寺は毎日、架月が描いた絵を一枚ずつ見ては「上手、すごい」と感想を述べてくれる。絵を描くのは好きだったけれど、上手いと褒めてもらったことはあまりないので嬉しい。
小寺が熱心に自由帳をめくっては感嘆の声を上げていたら、美術室の隅っこで漫画を読んでいた莉音がちらりとこちらを見て、急に立ち上がった。
ツカツカと歩み寄ってきて、また怒られるのかと身構えたら「絵、見せて」と頼まれた。架月が反射で「はい」と頷いたら、小寺が自由帳を莉音に渡す。
自由帳をぺらぺらと眺めた莉音は、目を見開いた。
「ほんとだ、上手」
正直、驚いた。
莉音が自分のことを褒めてくれるとは思えなかったのだ。びっくりしすぎてありがとうの一言を言うのが遅れたら、莉音が「ねえ!」と期待に満ちた瞳と共に身を乗り出してきた。
「東リベのマイキー描ける?」
「え?」
「待ってね、グッズ見せてあげる。お手本があったら描けるでしょ?」
莉音は急ぎ足で自分の席に戻り、アルミ製の筆箱の蓋をガコッと無理やり外した。筆箱の蓋だけを持ってきて「ほら、これ!」と眼前に突きつけられれば、確かに蓋の裏には特攻服姿のキャラクターのステッカーが貼ってある。
「か、描いたことないから、描けないかも」
「はあ? 何で!?」
一瞬にして莉音が仏頂面になり、思いっきり筆箱を床にたたきつけられた記憶が蘇って背筋が凍る。小寺は二人の間に挟まれて、どうしたらいいか分からずオロオロとしていた。
「こんなに上手に描けるんだから、マイキーも描けるでしょ!? 大丈夫だって!」
口調は強いけれど、言っていることは全部褒め言葉だ。
そのことを何とか聞き取って、架月は何とか首を縦に振った。期待されていることは理解したから、その期待に応えてやりたいと思ったのだ。
「描くの時間かかるけど、それでもいいなら」
「いいよ、いくらでも待ってる」
筆箱の蓋を机に残して、莉音はパタパタと小走りに自分の席に戻っていった。ちなみに騒動の最中、利久は一切顔を上げずに小説を書き続けていた。
架月は筆箱の蓋を正面に置いて、自由帳の新しいページを一枚破る。たぶん莉音は、描いた絵がほしいという意味で自分に依頼してきたのだろうから。
部活動の時間をまるまる使って、描いたこともないキャラクターを模写した。着替え同様に、架月は絵を描くのにも時間がかかる。色鉛筆で色を塗るのは間に合わなかったけれど、なんとかシャーペンでステッカーの絵を描き写すことができた。
描き終わった絵を莉音に差し出したら、彼女はその瞬間キャアッと聞いたこともないような歓声を上げた。
「すっごい、めっちゃ最高! 嬉しい嬉しい、莉音の彼氏だ!」
「……えっと、その」
「明日、透明の下敷き持ってきてこれ挟むね! 莉音の下敷きにするんだ」
莉音は絵の中のキャラクターに「ばいばい」と別れの挨拶をして、美術室の棚の上に絵を置いた。そこは総合文化部の備品が置いてある一角で、色鉛筆や絵の具や利久がいつも使うプリントの裏紙が入った箱などがある。
――僕にもこんなふうに笑ってくれる人だったんだ。
呆けている架月に、莉音は「ありがとう、架月もばいばい!」と満面の笑顔で手を振って美術室を出て行った。
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