最終話 二人の想い

 オスカーが楽しみにしていた夜会の日。


 夜会のエスコートを申し込んだ時は喜んでくれたように見えたが、ダンスの話になると少し元気がなかったリュシュエンヌ。


 得意ではないと言っていたから、楽しんでもらえるようにしっかりフォローしようとやる気になっていたオスカーだが、このやる気が空回りしているなどと思いもしなかった。


 薄紫色のイブニングドレスに長い髪を結いあげたリュシュエンヌはいつにも増して美しかった。


 オスカーはその思いを口に出そうとしたが、リュシュエンヌの言葉の方が早かった。


「あ、あの、そのクラヴァットピン、とても素敵です」


「…ありがとう」


 これは…リトルティからの婚約祝いだった。


 本当は着けてくるつもりはなかった。けれどリトルティが『せっかく婚約祝いに贈ったのだから、絶対着けてきてよ!』と例によって圧に押されてしまい、思わず着けてきてしまったオスカー。でもやはり後で外そうと思っていたのだが、リュシュエンヌに褒められてしまった手前、外すに外せなくなった。


「よぉ、オスカー。こんばんは、トルディ嬢」


「ダニエル」


 どこからともなくダニエルが現れたかと思ったら、


「オスカー、話があるんだ。ちょっといいか? ごめんね、トルディ嬢。少しだけこいつを借りてもいいかな?」


 そう言うと強引にオスカーの腕を引っ張り始めた。


「な、なんだよ。ダニエル」


「いいから来いって!」


 珍しく語気を強めるダニエルに、しかたなくついていったオスカー。

 人気のない廊下に引っ張られ、乱暴に腕を払われた。


「何すんだ!」

 そんな事されればオスカーも気分が悪い。強い口調にならざるを得ない。


「こっちのセリフだっ 何だ! そのクラヴァットピンは!」


「これは婚約祝いにってリトルティからもらって…」


「それを着けてくるか? 婚約者がいるこの夜会に!」


「それは…」

 ダニエルの言う通りだった。リトルティに強引に言われたからって、結局着けてきたのはオスカーだ。


「リトルティ、そのピンと揃いのネックレスを着けていたぞ」


「……え? どういう事?」


 ダニエルは呆れたように大きなため息をついた。


「おまえさぁ…いい加減分かれよっ! 俺は他人ひとの色恋に口を挟むつもりはなかった。それが親友や妹でも! けど、おまえの曖昧な行動が人を傷つけるって考えた事あるか!?」


 意味が分からず呆ほうけているオスカー。


「彼女のとこに戻れよ。リトルティのネックレスを見たら誤解するぞ」


その言葉にギクリとし、そして訳も分からないままオスカーは彼女の元へと駆け出した。


「オスカー」


 笑顔で僕に手を振るリトルティ。

 リュシュエンヌがいたはずの場所に彼女はいなかった。代わりにリトルティがそこにいた。


 そして、その胸にはオスカーのクラヴァットピンと揃いのネックレスが光っていた。


 リュシュエンヌを探しに行きたかった。けど、まずはリトルティと話さなければならない。


「…リトルティ。話があるんだ」


 ここでは人目がある。とりあえず、人が来なそうな庭園へリトルティと移動した。


 そしてオスカーは月明りに照らされた庭園でリトルティに告白され、抱きつかれ、それをリュシュエンヌに見られ…他人から見れば、いわゆる修羅場というものだった。


 リトルティを第二夫人にと薦めるリュシュエンヌの言葉に衝撃を受けすぎて、彼女を追いかける事も出来なかったオスカー。彼女がそんな事を考えていたなんて、夢にも思わなかった。


 オスカーは何も分かっていなかった。ダニエルに言われるまで何も…。


 オスカーはリュシュエンヌを探し回った。けど、この広い会場で彼女を探すのは困難だ。


 その時、ダニエルがオスカーの肩を掴み、呼び止めた。

「オスカー! おまえ何やってんだ!?」


「ダニエルっ …リュシュエンヌが見つからないんだ。おまえの言う通りだった。結局僕は人の目を気にして見栄ばかり張って、面倒な事は適当に受け流して、そんな曖昧な事ばかりしていたからいろいろな人を傷つけた…。大切な彼女の口から彼女自身を傷つけるような事を言わせてしまった…!」


「…トルディ嬢、さっき馬車に乗って行ったぞ」


「えっ」


「俺のレパート貸してやるから、今度こそしっかり掴まえろ!」


「ああ」


 今回の事で、オスカーはダニエルには大きな借りが出来た。



 ◇◇◇◇



 オスカーはレパートを走らせた。


 リュシュエンヌを乗せた馬車がなかなか見えてこない。

 まるでいつまで経っても届かない月を追いかけているように、もどかしい思いでレパートを走らせた。


「いた!」


 オスカーは馭者の前にレパートを回らせ、馬車を止めた。


「どう! どう!」


 馭者はあわてて手綱を引き、馬車を急停車させた。


「オスカー様!?」


「すまない! しばらく待っててくれ!」


 オスカーはレパートから飛び降り、馬車の扉を開けた。

 そして、涙を流すリュシュエンヌを抱きしめた。


 オスカーは謝った。今まで自分がどれだけ無神経な態度を取っていたかを…。

 そしてゆっくりとリュシュエンヌから身体を離し、彼女の涙をそっと指で拭った。


「僕が好きなのは君だ、リュシュエンヌ。リトルティでも他の誰でもなく、リュシュエンヌ、君だけが好きなんだ。もうずっと前から…」


「…オ…スカー…さ…」


「…愛してる…リュシュエンヌ…」


「…っ!」


 オスカーの言葉に涙が止まらないリュシュエンヌ。

 早く…早く自分の気持ちを伝えたいのに声にならない。


「…わ…たしも…あな…のこと…好き…っ」


 涙声になりながらもそれだけ言うのが精いっぱいだったリュシュエンヌ。

 その気持ちに応えるように、オスカーの唇が彼女の唇を塞いだ。


 そっと唇を離した時、リュシュエンヌは花が綻ぶような微笑みを見せてくれた…。


 もう、仮面はつけない。

 そこには笑顔の二人がいた…


 その後、ノルマンディ伯爵家に嫁いだリュシュエンヌは、オスカーと屋敷の庭に四季折々の花々を植え始めた。



 数年後、数十年後…毎年変わらず咲く花を、いつまでも一緒に愛でられるように…

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婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました kouei @kouei-166

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