第13話 オスカーの想い⑥
彼女に僕の気持ちを伝えようと、いつも通り来た花壇には足場が組まれ、白布で囲まれていた。
もちろん彼女の姿はない。
ふと、立てられた看板が目に入った。そこには
『パーゴラ設置工事に関するお知らせ』
と記載されていた。
どうやらパーゴラを設置するためにここら一帯取り壊しになるようだ。
もちろん花壇も…。
「そんな…」
僕は力なく独り言ちた。
彼女と過ごした日々が、まるで風に吹かれた砂のように消えてしまうのを感じた。
僕は誰もいないベンチに力なく座り、見るともなく自分の足元を見つめていた。
そもそも自分の気持ちを伝えたあと、どうするつもりだったんだ?
もし…もし彼女が僕の気持ちを受け入れてくれたとしてもその先は…?
僕たち貴族は親の決めた相手と結婚する事が決まっている。
なのに気持ちを伝える意味があるのか?
僕は答えの出ない問いかけを、いつまでも心の中で繰り返していた…。
◇◇◇◇
「旦那様がお呼びです」
帰るなり、執事が僕にそう声をかけてきた。
父に呼ばれて良い事なんて一度もなかった。今回は一体何なんだ。
正直、今は父と話をする気分ではなかったが、行かねばなるまい。
僕は深いため息をつきながら、父がいる書斎へと向かった。
「お呼びでしょうか」
「ああ、そこに座れ」
テーブルの上には複数の令嬢の
『やっぱり…』嫌な予感が当たった。
「おまえの婚約者候補だ。そろそろ決めておかねばな。おまえ、学院ではなかなか人気があるらしいな。自分の娘をぜひに…と申し出てくる貴族が何人もいた。こっちが公爵家、こっちが侯爵家だ」
嬉しそうに説明している父にイライラしてきた。
そんなによければ自分が娶ればいい。
それでも父の手前適当に流し見ていると、僕は一枚の
長い茶色の髪、オリーブグリーンの瞳。名前が書かれていた。
“リュシュエンヌ・トルディ”
間違いなく彼女だ。僕はその
「彼女と婚約します」
父は眉を
「いや、これは間違いだ。まぁ父親とは知り合いで最初は候補に入れていたが…伯爵家以下は外したはずなのだが…」
バン!
いきなりテーブルを叩いた僕に父は驚いたらしい。間が抜けたように目と口が大きく開いていた。
「リュシュエンヌ・トルディ嬢とのお話を進めて下さい。今まで父上の言葉には逆らわず、従順に生きてきましたが、これだけは絶対に譲れません!」
呆けた顔の父を見たのは初めてだった。
そして、顔がだんだん赤くなったかと思ったら、こめかみに血管を浮き立たせながら怒鳴った。
「オ、オスカー!!」
どれだけ怒鳴られても構うものか。
もともとは彼女も候補の一人だったんだ。けれど後から公爵家など爵位の高い貴族から話が来たから、彼女の分を外したんだろう。
ならば絶対に譲らない!
もちろんその後、ひと悶着があった。
母も呼ばれ、僕に泣きながら説得しにかかったが、決して首を縦には振らなかった。
一度も父のいう事に逆らったことがなかった息子が、頑なに首を縦に振らない様子に結局は父が折れた。
父の許しを得るのにもっと時間がかかるかと思っていたので、少し意外だった。
そして早々に、トルディ伯爵へ婚約の承諾書を送ってくれた。
この日生まれて初めて、父に感謝した。
◇◇◇◇
次の日、僕は朝から彼女の屋敷を訪ねてしまった。
顔合わせの日まで、待つべきだったかな等と通された応接室のソファに座りながら、いろいろ思案していた。
その時、ふと部屋の外から小さな足音が聞こえてきた。
気になってドアを開けるとそこには彼女が立っていた。
僕を見るなり、あわてて彼女は挨拶をした。
「あ、お…おまよう…っ!」
え、何? その可愛い言い間違い。
急いで言い直した彼女の耳は真っ赤だった。
僕は思わずにやけそうになった口を押えながら、応接室に戻った。
向かい合わせに座り、お互いの婚約について話をした。
本当はこの婚約は自分が希望した事であったが、やはりそれは恥ずかしくて言えず、父から薦められたという理由にした。貴族間ではよくある事だから、彼女も納得してくれるだろう。
しかし、学院へ向かう馬車の中での彼女は、なんだか元気がないように見えた…。
学院に着いてからも、彼女は僕と距離を置いているようだった。
顔合わせの事や来週ある夜会の話をしたかったが、リトルティが現れて何も伝えられなかった。
彼女が教室に行ってしまってから、リトルティが自分の腕に手を回している事に気が付き、あわてて離れた。慣れすぎて、気が付かなった。
「リトルティ。もう僕の腕に手を回すのはやめてくれないか?」
「何で急にそんな事いうの?」
(いや、最初に何度も何度も拒否していた事、覚えてないの? 確かに途中から拒否するのを諦めた僕も悪かったけど…)
「僕、婚約したんだ。さっき一緒にいたリュシュエンヌ・トルディ嬢と」
「え!?」
「だからリトルティもこういう事するのは婚約者かダニエルだけにしときなね」
いつもなら何か言ってきそうだけれど、その時のリトルティは、ふいっと何も言わずにどこかに行ってしまった。僕はすねたのかと思い、さして気にもせず教室へと向かった。
そしてこの時の僕は、彼女に夜会のエスコートを申し込もうと考えていた。
彼女はきっと僕たちの婚約にとまどっているのだろう、だから、距離を感じたんだ…と。
夜会で彼女とたくさん語り合い、踊り、二人の時間を過ごせば、きっとあの控えめな笑顔を見せてくれる。
僕はそんな呑気な事を考えていた。
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