第17話 命を狙われる冷血皇子

 「とりあえずはコレでいいだろ、後はリリカナが来てから処置してもらいなよ」


 「う、うん。ありがと……」


 「おう。んじゃ、飲み物でも用意するかな」


 一通り私のケガの手当てを終わらせると、ジャビは立ち上がって立派な一枚板で出来たカウンターの奥へと向かった。


 「ランスロー皇子、水でもいい?」


 「私はなんでも構わない。毒以外ならな」


 「ははっ、ジョークも上々じゃん」


 「ちょっと、私にも聞きなさいよ」


 「シャルダは聞くまでもないだろ」


 「なんでよ!」


 ジャビは私の事を軽くあしらうと、戸棚から透明なワイングラスを取り出した。


 「ランスロー皇子、さっきの話の続きなんだけどさ。あんたは、襲ってきた者たちに心当たりがあったりするの?」


 「ふむ、心当たりも何も、襲ってきたのはドライオンの衛兵なのだが?」


 持ってきたグラスを三つともテーブルへと並べると、ジャビはグラスに蒸留水をなみなみと注いでいく。そんな彼へと、ランスロー様は訝し気な視線を送っていた。


 「いや、そうなんだけどさ。ただ、襲ってきたのって、ホントにドライオンの衛兵なのかなって、俺は思っててね」


 「ほう。なぜ、君はそう思うのだ?」


 腕を組んだまま、ランスロー様はソファーへ背中を預けると、綺麗な切れ長の目をさらに細めた。


 「え? う~ん……勘、じゃダメ?」


 絶え間なく鋭い視線をぶつけてくるランスロー様に、ジャビは誤魔化したいのか、あどけない笑顔を見せる。視線を受け流す笑顔、可愛いじゃん。


 「なるほど、勘か。だがしかし、君の勘がそう働くには、何か裏付け的なものがあるのだろ?」


 「ん~、まぁ、そうだなぁ、例えば……」


 「例えば?」


 「デイム帝国の宰相、女狐のサナリィとか?」


 ジャビの口にした人物に私はピンともこなかったが、ランスロー様は驚かれたみたいで、彼の整った眉がピクッとつり上がった。


 ランスロー様って一見クールに見えるけど、細かく観察していると意外と表情に出ているのよね。そんなところも、可愛くて素敵だと思う。


 「ほう、ドライオンには優秀な隠密がいるのだな。できない国だ」


 そうして何故だか、ランスロー様は私のことを一瞥した。


 愛しいランスロー様、どうして冷たい瞳で私を見てくるのですか……?  そんな目で見られると、ゾクゾクしちゃいます……


 「へへっ、ドライオンを過小評価しておいででしたか?」


 「いや、そんなつもりはない。だが、兵士の数だけが無駄に多く、安穏と暮らす平和ボケした国だと認識していたよ。軍事面では、我が帝国の方が圧倒的に上回っているしな」


 「なんか、酷い言われ方してない?」


 「……あくまで私の主観だ。それがズレているだろう事は認めるよ」


 ジャビはグラスに水を注ぎ終わると、毒が入っていない事をアピールする為に、自分の水を一気に飲み干して見せた。そして、ランスロー様へと勧める。


 「さぁ、どうぞ」


 「いただこう」


 ジャビのパフォーマンスに応えるべく、ランスロー様も自分の前に置かれた水の入ったグラスへと手を伸ばされた。それに続いて、私も目の前のグラスを手に取って水を口に含んだ。


 不純物を取り除いた蒸留水が、乾いた喉を潤してくれる。とっても美味しい。


 「それで、俺がさっき言った女性宰相のサナリィって、元占い師で現皇帝の妾とも噂されてるけどさ、ランスロー皇子の弟である第三皇子のモルディッドにもベッタリだと聞くんだよね。皇帝にそっくりの彼を、次代皇帝に立てようと考えているの?」


 「……驚いたよ。君には全て筒抜けの様だ。帰ったら帝国の警備システムを、今一度見直して兄上に報告せねばならんな」


 「いやいや、帝国の警備はそりゃあ立派なもんさ。ただ、俺が凄いってだけだよ」


 ジャビは自慢気に、親指を立てて自分のことを指差している。こういうところが、子供っぽいのよね。ジャビって。


 「フッ、そうか。君には何も、隠し事は出来ないのだな」


 ランスロー様は手にしたグラスをテーブルへと置くと、話を続けられた。


 「ジャビが言った通り、父上が病気で伏せられて以降、我が帝国では継承者問題が混迷を深めている。一応は摂政である兄上が継承するべきとの流れにはあるが、サナリィを筆頭に、弟を推すモルディッド派が日に日に力を増している状況だ」


 彼の話した内容が何か引っかかったのか、ジャビは少し怪訝な表情をする。


 「その事についてなんだけど。サナリィが継承権第二位の聡明なランスロー皇子を差し置いて、末っ子のモルディッドを推す理由ってなんなの? 皇帝にそっくりなのと、年若くて操りやすいのは分かるけどさ、それだけじゃないよね?」


 「ふむ、そうだな。その件については、少し話しづらい事情があるのだが……」


 そこまで話されると、ランスロー様はジャビから視線を外して俯かれたまま、黙り込んでしまわれた。


 「ははぁ、なるほど。それで、みんな一様に口を噤んでいたんだ。帝国内でのあなたの人気が無いのって、性格や噂だけではなく、出自の知れない妾の子ってこと?」


 ジャビの発したデリカシーのない言葉に、私は思わず声を荒げた。

 

 「ジャビ! あなた失礼でしょ!」


 「いや、構わないさ。噂はともかく、生まれの方は事実だからな。私は表向きは父である皇帝と王妃の子として認知はされてはいるが……まぁ、私にも色々あるのさ」


 そう言ったランスロー様の表情には、少し陰りが見えた。彼の心の声を聞こうとした時に感じたあの冷たくて寂しい感覚が、私の頭の中を過る。


 「ランスロー様……」


 あくまで私の想像でしかないけれど、あの感覚は妾の子として周囲から妬まれ、疎まれ、蔑まれてきた幼少期の辛い体験を経て、人を拒もうとする気持ちから生まれたものではないだろうか。


 私自身も心を読める力のせいで、目に見えぬカタチで人々の悪意に苦しめられてはきたけれども、彼は目に見えるカタチで人々の悪意に苦しめられてきたのだと思う。


 そんな悲しい思いを、ランスロー様はあの閉ざした心の奥に抱えているのかもしれないと思うと、私は彼のことをギュッと抱きしめてあげたくなった。

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