第16話 ロッジで

 綺麗な湖を望むほとりに、ひっそりと佇むロッジ。


 大小それぞれの丸太で組み上げられたその簡易的な建物は、湖に遊びに来た王家の人間が短時間滞在したり、数日ぐらい宿泊出来る施設となっている。


 とはいえ、家族総出で来た覚えは一度もないし、泊ったこともない。半年前に、私とリリカナだけで城を抜け出して一度立ち寄った事があるだけだ。なんだかいけない事をしているみたいで、あの時は少しドキドキしたかな。


 でも、まさか二度目の訪問が、こんな状況でだなんて予想もしなかったけど。


 ロッジの様子を見るからに、誰かが手入れや管理をしてくれている様だ。周辺の草木は刈り取られ、建物の外観もとても綺麗だった。


 まぁ、恐らくはジャビが管理してくれているのだろうと思う。


 彼はリリカナと同じ、私の従者にあたる存在みたいなものだ。城内での主な世話役がリリカナなら、ジャビは城外に出た時の御供かな。近辺警護役って言葉がピッタリくるかもしれない。


 まぁ、私が城の外に出る事なんてのは稀も稀だから、普段は私をからかって遊んでいるか、後は王都周辺の警備や外で何かしらの仕事をしているはず。


 ……知らんけど。


 「さぁ、中へどうぞ、ランスロー皇子。シャルダは、そっちのソファーにでも寝かせてやってよ」


 「ああ、すまない」


 ジャビの案内でロッジの中へと入ると、すぐに動物の毛皮で誂えた絨毯の上に樫の木で作られた低いテーブルとソファーが置かれた部屋が私たちを出迎えた。奥には調理も出来るカウンターや食器が並んだ戸棚なんかも見える。


 外観だけではなく、中も綺麗に掃除が行き届いており、埃っぽくは無く、独特な木の香りが部屋中に充満していた。


 ランスロー様は、無言のまま部屋の中央まで進まれると、ゆっくりと私をソファーへと寝かせてくれる。


 贅沢を言えば、出来ればもう少しだけ、彼に抱かれていたかったな……


 「まずはシャルター……じゃない。これ、めんどくせぇな」


 そう言いながら、ジャビは舌打ちして自分の頭はガシガシと搔いていた。


 「えっと、まずはシャルダのケガの手当てをしちゃおうか。ランスロー皇子も、空いてる方のソファーで座って休んでてよ」


 「ありがとう」


 ランスロー皇子へソファーを進めると、ジャビは部屋の隅にある棚へと向かう。


 「す、すみません、ランスロー様。ジャビは、ちょっと……どころか、全然口の利き方がなってなくて」


 「ん? あぁ、構わないさ。気にしてはいない。噂も含めて、私も人に言えたものではないからな」


 ジャビはお父様や他の誰に対しても、砕けた話し方をする。


 リリカナが口うるさく丁寧語や謙譲語を教えても、彼は一切憶えようとはしない。とても腕がたつ裏方らしいから王国内では許されている風潮があるけど、決して表に出してはいけない存在だと私は常々思っている。


 彼を国外に出したら、ドライオン王国の品位が疑われることは間違いない。


 「いやぁ、話がわかるなぁ、帝国の皇子様は。ドライオンの連中はいい子ちゃんだらけでさ、息苦しいのなんのって」


 「あんたは黙ってなさい……」


 「へへっ」とジャビは笑いながら、戸棚を開いて何やら探し始めた。


 「それよりも、ジャビと言ったか。君が警戒している間、何か変わったことや感じたことは無かっただろうか?」


 「ん? 怪しい人影や気配ってこと?」


 首だけ軽く向けてランスロー様を一瞥した後、ジャビは中から綺麗な布と塗り薬と思われる入れ物を取り出した。それらを腕に抱え、横に置いてあった水差しも手にするとこちらへと向かってくる。


 「う~ん、そうだなぁ。謁見が始まる前の王城周辺を警戒中は特になかったし、リリカナに言われてロッジに到着する間も、怪しい者は見てないかなぁ」


 「……そうか。ならば私を狙った輩は、あの場にいた者たちだけ、という事か」


 ジャビと会話しながら、ランスロー様は私のタイツを膝上までゆっくりと捲った。擦りむいた部分が空気に触れてジクジクと疼く痛みに、私は思わず呻く。


 「ひぃぃぃ……いたい」


 ジャビは私の元まで歩いて来ると、手にした布切れにポットに入った蒸留水を含ませた。なんだかちょっと嫌な気がした私は、捲られたタイツを降ろそうとする。


 「ダメダメ。傷口は洗わないと、化膿しちゃうかもだろ」


 「だって……染みちゃって、絶対痛いやつだもん」


 「全く、いい年したが何を言ってるんだか」


 と、ジャビは躊躇なく布切れを擦りむいた箇所へと押し付けた。


 「ひぎぃ! 痛いよ! 優しくしてよ!」


 「えぇ? これでも十分優しくしてるよ?」


 「嘘! 痛いもん! 女の子には優しくしないと、モテないんだからね!」


 私はジャビの鼻先へと人差し指を突きつけて、もっと優しく手当てする様に猛抗議する。だがそんな行為も空しく、彼は淡々と布切れで傷口を拭っていく。


 「いやいや、シャルダは男だろ」


 そう言って、彼は意地悪そうにニッと笑った。


 「いつつつ、うぐぐぅ……違うもん、女の子だもん……」


 ジャビは昔から、私に対して結構イジワルだ。


 何かと言えば揚げ足を取ってくるし、おちょくってくるし、そんな彼にムキになって言い返す私の姿を見て、指差しながら笑ってくるし。


 もちろん、姫として世話を焼いてくれたり、身を挺して守ってくれたり、フレンドリーに接してくれるけれど、私の事をからかって楽しんでる方が割合多い気がする。


 じゃあ『嫌な奴か?』と聞かれたら私はこう答える。『好きな奴よ』と。


 「君はケガの手当てに慣れているのだな」


 「あぁ、まぁね。シャルダは類稀たぐいまれなる最強ドジっだからな。いつもケガが絶えなくて手当てしてるから、そりゃあ慣れるよ」


 ランスロー様の問いに、ジャビは私の膝に滲んだ血を拭き取りながら答える。そして、傷口に薬を塗って小さなガーゼを当てると、後は包帯を巻いてくれた。


 一連の行動は、まぁ……優しかった。

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