第13話 逃亡

 「セルグリード! 近衛騎士たちはどうした!」


 騒ぎに乗じて正面扉から廊下に出ていたセルグリードが、扉前から大声で叫ぶ。


 「ダメです! みな倒れております!」


 「な、何事が起こっておるのだ……」


 予期せぬ事態が起きた時の為に、隣の部屋で待機していた騎士や兵たちが全て倒れていた、と言う事だろうか。今このドライオン城内で、理解を超えた前代未聞の出来事が繰り広げられていた。


 分からない、何にも分からないことだらけ。誰が味方で、誰が敵なのかさえも。


 しかし、どうやら槍を構えた衛兵たちの目的は、使者団に囲まれたランスロー皇子だけの様子。幸いと言うべきか、お父様やお兄様に危害を加えようと言う動きは、今の所は見られない。騒ぎを起こす相手の正体も数も分からない以上、今はランスロー皇子を無事に逃がすことが最優先されるべき行動だと私は考えた。


 「そうだ……王族専用の隠し通路」


 頭を過った半年前の出来事。王族が緊急時に使用する通路の存在を思い出した。


 「ランスロー皇子! 早くこっちへ!」


 その声に、彼はチラリとだけ私を見た。


 「ついて来て! 死にたくないでしょ!」


 そう言って、私は控室へと続く扉へと向かって走り出した。


 しかし、彼はその場から一切動こうとはしなかった。丸腰の使者の人たちの前に氷の壁を展開して、共に応戦している。


 それは当然のことだと思う。先ほど、自分へ何かしらの攻撃をしてきた相手を、無条件に信じる事なんて無理な話だ。私も同じ立場なら、そうするだろう。


 それでも……今の私では、彼を助ける為にはこれぐらいしか出来ない。


 「お願い! あなたを死なせたくないの!」


 信じて貰えなくても、力いっぱい何度でも叫ぶ。それ以外に、私は彼の気を引く方法が思いつかなかったから。


 もう一度叫ぼうと思ったその時、何やら皇子と使者の人々が話し合っているのが見えた。そうして数秒後、使者同士で視線を交えて頷き合うと同時に彼らが動いた。槍を突いてくる衛兵たちを牽制しながら、私の方へと向かって後退して来る。


 「なぁ、皇子。丸腰で睨み合っていてもジリ貧だ、彼に賭けてみないか?」


 「正気か? レイドル」


 レイドルと呼ばれた彼。あの人は確か、最初に心を読んだ気持ち悪い思考を持つ平凡顔の人だ。馴れ馴れしい喋り方からして、ランスロー様とはかなり近しい仲なのが窺える。例えるなら、私とリリカナみたいな間柄だろうか。


 「あぁ、正気も正気。あんな可愛い男の子に騙されるなら、本望じゃないか」


 「それはお前だけだ。この、たわけ」


 「ハハハ! さぁ、お前ら! 皇子が逃げ切るまで、この扉前を死守だ!」


 やはりちょっと気持ち悪い思考をしていたが、何とか思いが伝わった様なので良しとしておく。そんな彼の言葉に「おぉ!」と一致団結する帝国の使者たちを横目に見ながら、私は控室へ向かって走り出した。


 「こっち!」


 「くっ……」


 後ろを振り返ると、苦々しい表情を浮かべるランスロー皇子が、私に付いて走って来てくれていた。それを確認すると、私も前へと向き直って走り出す。そして、短い通路の突き当りにある控室の扉を開け放った。


 「シャルダ様! こちらです!」


 勢いよく控室へと入ると、リリカナがすでに暖炉裏にある王族専用の隠し通路を開けて待っていてくれた。さすがは私の懐刀だ。


 「ジャビが先行してくれています。急ぎましょう」


 「う、うん、でも使者の人たちも助けないと……」


 「使者の方々も、ですか?」


 私の言葉に、リリカナは少しばかり驚いた顔をした。


 「だって、ランスロー様の大切な方々だから、助けなきゃ!」


 「シャルダ殿……」


 後ろからランスロー様の呟きが聞こえた後、リリカナはニコっと笑った。


 「わかりました。わたくしが殿しんがりを務めながら彼らをここへと案内します。シャルダ様はランスロー皇子を連れて先にお行き下さい」


 「リリカナが? そ、そんなの無茶だよ! あなたが危ない目に!」


 「お任せください、シャルダ様。必ず追いつきますので、わたくしめを信じてくださいまし」


 「うぅぅぅぅ……でも」


 「シャルダ様? わたくしが、今まで嘘ついたことがありますか?」


 「……そこそこある」


 私の指摘を、軽く笑ってリリカナは誤魔化した。


 「ふふふっ。それでは湖のロッジまで、ランスロー様をお願いします」


 優しい声で諭してくれる彼女の言葉に、私は静かに頷く。


 「……うん、わかった。湖のロッジで待ってる。絶対に追いついてよね」


 「はい、約束です。絶対に追いつきますので、お急ぎください」


 そう言うと、リリカナは軽い身のこなしであっという間に控室を出て行った。その姿に、ランスロー皇子はとても驚いていた。


 「彼女は一体何者であろうか……とても常人とは思えない動きをする」


 「ぼ、僕の一番の友達ですよ。さぁ、行きましょう。ランスロー皇子」


 「あ、あぁ、わかった」


 すでにリリカナが暖炉横に用意してくれていたランタンを手に取り、私はランスロー様を先導する様に隠し通路へと進んだ。

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