第14話 お姫様がお姫様抱っこ
何処までも真っ暗な空間が続く隠し通路。
半年ほど前にちょっとした気まぐれで『たまには、湖を近くで見たいなぁ』と口にした時、リリカナがニコニコしながら『いい隠し通路がありますよ』と教えてくれて城から抜け出す際に使用した事がある。
だから一応、外への出方は分かっていた。
人ひとりがやっと通れるほどの狭い通路は、地下牢に似てとてもカビ臭く、空気が淀んで重く息苦しい。私にとっては、落ち着く大好きな空間ってやつなのだが、こんな場所を楽しいって思えるのは世界でもたぶん私だけなはず。
「ランスロー様、暗くて狭いですが大丈夫ですか?」
私以外の人間は嫌悪感を覚えるだろうと気になったので、後ろへと振り返って彼に声をかけたみた。
「気を遣わないで結構だ。構わず進んでくれ」
「はい、わかりました」
余計なお世話……いや、こんな状況だし当たり前よね。とりあえずは大丈夫そうなので、私は再び前を向いて歩き出した。
そのまま道なりに進んでいくと、同じ通路が真っすぐ続く正面の道か、下る為の階段がある右か、通路が二手に分かれる。私は迷わず右の通路を選ぶと、足元をランタンで照らしながら、石の螺旋階段を降り始めた。
揺れる度にランタンから鳴る軋んだ金属音と、コツコツと石段を駆けおりる二人の足音がテンポよく鳴り響く。ランタンの音は弦楽器、足音は打楽器。大変な状況だと言うのに、そんな風に感じていた私は、彼と織りなす演奏会に心が少し踊った。
螺旋階段を降り切ると、前方から若干の明かりと暖かい空気が流れ込んでくるのを感じた。この地下通路を行けば、もう少しで城壁の外へと出る。私は背中へ視線を送りながら、ランスロー皇子へとそのことを伝えた。
「もうすぐで、ドライオン王城の裏手に出ます。外に出たらジャビという男の子と合流して、湖畔にあるロッジへと向かいましょう」
「わかった。君に任せるよ」
彼の返事を聞いて前へと向き直した瞬間。
────コッ!
「ぎゃっ!」
床の出っ張りに足を躓かせた私は、ズザザッー!と、年季の入った石床を掃除する様に、豪快な顔面スライディングを決めてしまった。
「ぶっはぁ……ゴホッ、ゴホッ!」
今日、何度目とも知れないドジからのケガ。私ってホントに……
「だ、大丈夫か?」
美しい彼の前で、とんでもなく惨めな醜態を晒してしまった。しかし、そんな私を、後ろから駆け寄ってきたランスロー様は、優しく肩を抱いて起こしてくれる。
「うぐぐ……ご、ごめんなさい」
「いや、それよりもケガはないだろうか?」
「え、ええ。これしきのこと、大丈……」
そう言って立ち上がろうとしたのだが、右ひざを強く打ったようで”ビキっ”という痛みが走った。顔だけじゃなく、右ひざも本日二度目の負傷である。
「いっつつつつ……」
鋭い痛みが走った右ひざへと視線をやると、真っ白いタイツは滲んだ血で赤く染まっていた。
「無理をするな。頬を擦りむいているし、右ひざからも血が滲んできている」
「うぐぐぐ、いだい……」
強く打って擦りむいた膝部分がジクジクと疼き、痛みで目に涙が滲んでくる。
「そんな足では、立つのも無理だろう。とは言え、手当てをするにもこの様な場所ではな」
「ええ。ですから、先を急がないと……」
私の血で染まった膝部分を、ランスロー様は黙ってジッと見つめる。
「……ラ、ランスロー様?」
不思議に思った私が声をかけると、彼は自分の口元に拳を当てながら、暫く考えている様子だった。そして、何かを決意したみたいで大きく頷かれる。
「うん……致し方あるまい、私が君を抱えていく事にしよう」
「え? えぇぇぇぇぇぇ!?」
ランスロー様の提案が嬉し過ぎて、喜びと戸惑いが同時に襲い来る。だが、そんな事はさせられないと、私は首と手を振って否定した。
「い、いえ! ランスロー様にその様な事をさせるワケに、わ、わ、わぁ!」
あっという間に、視界が一気に高くなる。私は彼によって、意図も簡単にお姫様抱っこと言うスタイルで抱えられていた。
美しいランスロー様の横顔が、すぐ目の前にある。
(ひ、ひゃぁぁぁぁぁ! これ、無理! 無理過ぎぃ! 死んじゃう!)
間近で見ても変わらない皇子の妖艶な横顔と、彼から漂ってくる爽やかなレモンの香りに、憤死してしまいそうだった。
「こ、こここここ、これ、コレって、お、お姫さまダッコ……」
「すまない。あまり良い気分ではないだろうが、今しばらく我慢して貰えるか?」
「い、いえ、そ、そんな! むしろ、その、とてもいい気分です……」
突然の幸せな状況に頭が真っ白になった私は、すでに頬と膝の痛みが吹っ飛んでいた。彼の腕に抱かれる多幸感と伝わってくる温もりに、胸がいっぱいになる。
このまま時が止まってしまえばいいのに……
「その出口から出れば、すぐに彼がいるのだろうか?」
「……」
「シャルダ殿?」
「え?」
ランスロー様の呼びかけに、天空の果てへと飛び去っていた私の心が帰って来る。あまりに素敵な彼の横顔に見惚れていて、ボーっとしてしまっていた。
「す、すすす、すみません! なんでしょうか!」
「ああ、ジャビって男は出口付近で待機しているのであろうか? 私は彼を知らないので教えてくれると助かる」
「あ、はい、そ、そうですね。多分、ロッジへと続く並木道を警戒してくれていると思いますので、そちらまで進んでみましょう」
「わかった。では、少し走るから揺れるぞ。しっかり掴まっててくれ」
「……つ、摑まる?」
「ああ、君の手を私の肩へと回して摑まってくれ」
「えぇぇぇぇ!? そ、それって、だ、だだだ、抱き着くってことですか!?」
「ん? まぁ、そうだな」
そんなに抱き着いちゃったら……ランスロー様の頬にキスしちゃわない?
「さぁ、早く」
「は、はい……」
私は彼の言う通りに、恐る恐る手を方へと回して抱き着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます