第12話 豹変

 「ドライオン国王陛下。これは一体どういうことであろうか?」


 ランスロー皇子の口調はとても穏やかではあったが、お父様を睨みつけるその切れ長の目はとても鋭かった。


 その視線で、お父様を貫いてしまうのではないかと思うほどに。


 「な、なんのことであろうか……ランスロー皇子よ……」


 「なんのことだ、ですか。この期に及んで白々しいですよ、ドライオン国王。そこに立っている彼が、私に対して精神系の魔法を放ってきたではないですか」


 ランスロー皇子は、真っすぐに私を指差した。そして、その冷ややかな瞳で私を見つめている。彼の言う精神系の魔法って、一体なんのことだろう。


 ……まさか、心を読む力のこと?


 「シャルダと言っただろうか。彼の頬をご覧頂きたい。氷が張りついているのが見えるでしょう。それが何よりの証拠です」


 「どういうことでありましょうか? ランスロー殿下」


 「……貴殿もシラを切る気なのか、宰相セルグリード殿。まぁいい。ならば、説明して差し上げるとしよう」


 そう言って、ランスロー皇子は自分の胸に手を添えた。


 「私には、生まれながらにして授かった氷の精霊の加護と言うものがある。如何なる攻撃からも守ってくれる、冷たき氷の障壁がな。そのおかげで、彼が放ってきた精神系の魔法を反射して、魔力を彼に返したのだ。それが、彼の頬の氷だ」


 しんと静まり返る謁見の間。


 ランスロー皇子の説明を聞いたセルグリードは、大きく目を見開いて驚きを隠せない、と言った様子だ。


 「な、なんと。ランスロー様は、その様な加護をお持ちであられましたか。いやはや、精霊や魔法などという物は、お伽噺の中の物だと思っていましたが」


 「魔法を知らないとか戯言を。トボけるのもいい加減にして頂こう。そちらも、私に向けて精神魔法を用いて攻撃をしてきたではないか」


 「そんな……み、妙な言いがかりは止めて頂きたい、ランスロー殿下。こちらは、その様な事は一切してはおりません」


 「どこまでもシラを切る気か。ならば、逆に問おう。凍り付くほどに寒くも無いこの部屋で、なぜに彼の頬だけが、あの様に凍り付いているのだ?」


 「そ、それは……私ごときでは、分かり兼ねます」


 セルグリード自身も理解出来ない事象にとても動揺している様で、本当に困った表情を浮かべていた。こんな表情をする彼を、私は今まで見た事が無かった。


 そんなセルグリードの様子を、ランスロー皇子は訝し気な表情で見つめ続ける。


 「分からない、か。ドライオンの頭脳とも呼ばれた男が、なんともくだらない言い訳をするのだな」


 「ぐっ……では、ランスロー皇子よ。その氷が、シャルダの魔法を返したモノだとという証拠を示してもらいたい」


 お父様の発言に、ランスロー皇子は呆れた表情で小さく溜息をついた。


 「証拠? ならばその男、シャルダに何度でも魔法攻撃をさせればいい。何度だって跳ね返して、彼を氷つかせてみせようではないか」


 ランスロー皇子の言葉に、私はガルドお兄様へと視線を移した。お兄様は静かに首を横に振る。何もするなと言っている様だ。


 だから私は何もせずに、ジッと静観を続けた。


 「さぁ、どうされた? 今さら何もしてこなくても、私に向けて魔法を放って来た事は消えようのない事実だぞ。デイム帝国の第二皇子であるこの私、ランスロー・ゴドウィンに危害を加えようとしてきた事は間違いない。さぁ、どうケジメをつけようと仰るのですか? ドライオン国王よ」


 思ってもみなかった方向へと、話は展開していく。


 私が心を読もうとしたことで、ランスロー皇子が持っている力が反応してバレてしまった。最初に彼の心を読もうとした時の違和感に、もっと慎重になっていればこんな事にはならなかったはずなのに。


 だが、起きてしまったことは仕方がない。それよりも、この事態を収拾させる方が重要なのだが……今さら私一人が謝ったところで済む話とも到底思えない。


 なにか良い案はないだろうかと考えていたその時、壁際に立っていたドライオンの衛兵が、丸腰のランスロー皇子へと向かって勢いよく槍を突き出した。


 「ランスロー! 覚悟ぉ!」


 ────ガキィン!


 謁見の間に響き渡る鈍い金属音。衛兵の突き出した冷たく重そうな槍は、床から生える様に現れた、分厚い氷の壁によって阻まれていた。


 それによって室内の温度が、急激に奪われていくのを感じる。


 「これが答えですか、ドライオン国王……」


 鏡の様に美しいその氷の壁は、衛兵の槍を凍り付かせると、役目を果たしたとばかりに霧散していった。


 「ち、違うぞ! 何をやっているのだ! 槍を引けい!」


 しかし、むしろそれが合図だと言わんばかりに、周りにいた数人の衛兵たちがガチャガチャと音を立てながら、デイムの使者の一団を取り囲んだ。


 「なに……なになに? 一体何が起こっているの? なんで衛兵が皇子と使者を囲んでいるの?」


 驚く私を他所に、穏やかだった謁見の間は瞬く間に喧噪へと飲み込まれていく。


 「皇子を中心にして円陣を展開! お守りするのだ!」


 黒の一団が、ランスロー皇子を中心にして半円状に囲んで広がる。


 「こ、これは一体!? ガルド! 兵を引かせよ!」


 「は、はい! 引け、引けぇ! 陛下の御前であるぞ! 今すぐに全員槍を収めて、この部屋から出て行くのだ!」


 だが、お兄様のその声に従う物は誰一人としていなかった。衛兵たちは皆一様に槍を構え、ジリジリとランスロー皇子と使者の方々を囲んだまま近づいて行く。


 予想だにしない出来事の連続に、私は理解出来ないでいた。


 なぜドライオンの衛兵がランスロー皇子に槍を向け、そして命を狙うのか。何一つ分からないまま、私はただ傍観するしかなかった。

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