第7話 控室での一幕 ②

 「落ち着きました?」


 「な、なんとか……」


 謁見の時間が迫った事で、私はようやくお父様の地獄のほっぺすりすりから解放されていた。なんの飾りつけもされていない控室のソファーに、トスッと腰を降ろす。


 低いガラス製のテーブルを挟んだ向こうには、お父様が腕を組みながら真剣な表情で座られている。その表情を見つめながら、私はリリカナが淹れてくれたストレートティーを飲んで気分を落ち着けていた。


 「で、ガルドよ。使者団はすでに部屋に入っておるのか?」


 お父様の声は、先ほどまでの甘ったるいものではなく、真剣なものへと変わっていた。国王の威厳を纏ったこういうお父様は、キリッとカッコ良くて好き。


 「はい、陛下。すでに全員が待機、整列しております。密偵の情報通り、最前列中央に帝国のランスロー皇子の姿を確認。私がこの目で確かめております」


 緑色を基調とした軍服姿のお兄様は、私の対面に腰かけるお父様の横に微動だにせずに立っている。お仕事モードのお兄様も、凛々しくイケメンで大好き。


 「ふむ、帝国も本気だ……ということか」


 私のことを恐怖のどん底に叩き落とした立派な髭を擦りながら、お父様はなにやら思案している様子だった。なんだかとても引き締まった空気に、ランスロー皇子は婚約などと言う浮ついた話の為に来たわけではない事をアホながらに察していた。


 「お、お父様、リリカナから聞いていたのですが……」


 「ん? なんだい、シャルルよ」


 私の問いかけた言葉に、眉間にシワを寄せていたお父様のお顔が、たちまちほわっと穏やかな表情に変わる。


 「ランスロー皇子は、何ゆえ使者に混じって我が国に来られたのですか?」


 「なんと! シャルルがその様な話に興味を! 大人になったものだなぁ!」


 「ええ、流石は我が妹。なんと頭のキレる事か」


 なんだろう。お父様もお兄様も、たぶん褒めて下さっているのだろうけど、私は逆にバカにされている様な気分になる。


 それ故に、どうしても素直に二人の言葉を受け入れられなかった。


 「そ、そんなことより、なぜランスロー皇子が?」


 「うむ、実はなシャルル。デイムの摂政であるグェインより、わが国と帝国の戦争の終結、及び和平の交渉の場を持ちたいと話が合ったのだ」


 なるほど。リリカナの言った通り、武力一辺倒だった帝国は変わって行こうとしている途中の様だ。


 「そ、それで、我が国と帝国の長きに渡る因縁を払拭するための和平の使者として、ランスロー皇子が選ばれたのですか?」

 

 「ん? うむ。まぁ、そんなものなのだが。ちと、大きな問題があってだなぁ」


 「大きな問題……ですか?」


 そう聞き返すと、お父様は私から視線を外して急に俯かれた。その顔は、どこか寂しそうだった。表情から察するに、帝国側から何か無理難題な事でも吹っ掛けられたのだろうか。数百年誇ってきた絶大なる武力を盾に、領土の無条件譲渡を迫って来たとか、貿易で発生する関税を大きく引き下げろとか。


 まさか、第一継承権を持つ、ガルドお兄様を人質に出せなんてことを……


 私は、お父様の横でずっと立ちっぱなしのガルドお兄様へと視線を向ける。すると、目が合ったお兄様はゆっくりと目を瞑って力なく首を振った。


 言い知れぬ雰囲気に、大きな問題への不安が増々募っていく。


 その答えを早く知りたくて、お父様の心の中を覗こうかとも考えた。ちょっと集中するだけで、その声は私の頭の中に響いてくる。なんなら、帽子を脱げば部屋に居る三人の心の声がドバっと流れ込んでくるだろう。


 でも、私はそれをしなかった。


 言い淀んでいるって事は、お父様にとって、それはとても辛いお話のはず。ずっと、心の中にしまって置きたい話かもしれないのだ。それを無理やり聞き出すことは良くないと思った私は、お父様が話してくれるまで待つことにした。


 「ううむ……」


 十秒、いや二十秒だろうか。詳細な時間は分からないが、沈黙だけが部屋を支配していた。この世の時が止まったのではと錯覚するほどの静けさに、私が耐えかねていたその時……お父様は意を決した様に、その重い口を開かれた。


 「心して聞いて欲しい、シャルルよ」


 「は、はい」


 お父様の声色に、ピリッとした緊張感が高まる。


 「今回、ランスロー皇子が使者団と共に訪れた理由。それは……」


 「そ、それは……?」


 私は生唾を飲み込み、前のめりになってお父様の言葉を待つ。


 「ランスロー皇子はな、シャルル、お前との婚約の話の為に来ているの……」


 「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁ! ほら、きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 天を突くように右拳を掲げ、私は勢いよく立ち上がる。


 ────ガンッ!


 その際に金属で出来たテーブルの縁へと右膝を強烈にぶつけて、ティーカップに入っていたお茶を全てブチまけてしまった。

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