第6話 控室での一幕 ①
人通りの少なくなった通路に、私とリリカナの足音だけが響き渡っていた。
先ほどまで歩いていた城内の人々が行き交う通路とは違い、今歩いている通路は王族と側近以外は通行禁止の場所である。
リリカナは侍女だから、側近ではないのではないかと思われるかもしれないが、それは正解でもあり間違いでもあった。彼女は侍女で、私の数少ない……いや、たった一人の友達でもあるが、最も信頼のおける
そんな彼女を信頼しているのは、私だけではない。私のお父様、ドライオン国王さえも信頼を寄せている人物の一人である。ただ、見た目普通の少女を、一国の王が称えるほどの凄さの正体が何なのかは、私には一切わからない。彼女の凄い所って、料理が上手で、気遣いが細かくて、胸がデカいぐらいしか思いつかないけど。
とか考えている間に、通路突き当りの部屋の前に到着した。この部屋の分厚い扉を潜れば、謁見の間へと続く王族専用の控室となる。恐らく、すでにお父様とお兄様は部屋の中におられるはずだ。
だが、私の手は扉を開ける事を躊躇していた。
お父様たちに会わない様に、二人が謁見の間に向かった事を確認してから部屋に入ろうかなと考えていた時……不意に部屋の扉がノックされた。
「陛下、シャルダ様をお連れいたしました」
「うむ、入れ」
後ろにいたはずのリリカナが、いつの間にか前へと回って入室の許可を得ていた。そして、なんの躊躇も無くドアノブに手を掛け、静かに部屋の扉を開ける。
「どうぞ、シャルダ様」
「余計なお世話を、ありがと……」
「どういたしまして」
可愛い笑顔で部屋に入る様に勧めてくるリリカナに、私は目いっぱい恨みを込めた視線を送る。こういうイジワルな所も含めて、リリカナの事が大好きなワケだけど。
「おおおお! シャルル! 待ちわびたぞぉぉぉぉ!」
「ひぃぃぃ!」
その声に恐怖を覚えた私は、思わず後ずさった。
しかし、そんな私を逃がすまいと、中から赤いガウンを羽織った恰幅のいいおじさんが叫びながら飛び着いてくる。
その際にズシンと言う凶悪な衝撃が、体の芯にまで伝わってきた。
「お、お父様、痛いです。やめてください……」
「ん~、一人で寂しかったであろう。可哀そうなシャルルよ」
「……いえ、むしろ楽しかったです」
「うんうん、わかるぞ。可愛い可愛いシャルルよぉ」
まったく話を聞かないお父様は、その太い腕で私をガッチリとハグしてくる。
(うぐぅぅぅぅ! お父様離してぇ~、し、し、死んでしまう!)
押し付けてくるぶよっとした胸に、私の顔は完全に塞がれていた。呼吸が出来ない苦しさに、助けを求めて忙しなく手足をバタつかせる。
「ハハハ、父上。シャルルが苦しんでいますよ」
この国の第一王子であるガルド兄さまが、爽やかに笑いながら私の身を一応心配してくれていた。だがしかし、そんなお兄様の軽い感じの言葉は、お父様の耳には全く届いていないらしい。緩まるどころか、増々抱きしめる力は強くなっていく。
(爽やかに笑っている場合じゃありません! お兄様、一刻も早く物理的に助けて欲しいです!)
誰にも届かない私の心の声は、頭の中だけで虚しく響いていた。
「陛下。そのままでは、愛しいシャルル様を、殺してしまいますよ」
いつもとは違う、どこか殺気じみたものを感じるリリカナの声。
「ん? おおっと、いかん、いかん。愛が深すぎて止められなんだ」
声のトーンを落としたリリカナの忠言のおかげで、お父様は抱きしめる力を緩めてくれた。
「ぶはぁー! 空気美味しいぃ!」
私はすぐさまにお父様の胸から顔を離す。そして、大きく深呼吸を繰り返して、生命維持に必要な酸素を急いで肺へと送り込んだ。
「わっはっはっは、そんなに大げさな」
豪快に笑い飛ばすお父様を見ながら、私は呆れかえり溜息をつく。
「はぁ……お、大げさではないですよ。お父様は今、娘を殺しかけていました」
「んん~、怒った顔も可愛すぎるぅ。我が娘は世界一だぁ」
モッサモサに伸びたお父様の立派な髭が、私の視界を覆って頬へと襲い来る。
「ぎゃぁぁぁぁ! お髭! お髭気持ち悪い! やめてぇぇぇぇ!」
容赦なくグリグリと押し付けられる髭の感触が気持ち悪過ぎて、ゾワッと背中に悪寒が走り、全身の毛が逆立つ。どれほど抵抗しようが、お父様の愛ゆえの力に勝てるはずもなく、私はされるがままだった。
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