第5話 男装陰キャ姫

 午後からの仕事の準備を終えた私は、城のだだっ広い通路を歩いて謁見の間へと向かっていた。後ろからは、二歩ほど遅れてリリカナがついて来てくれている。


 「リリカナ、まだ時間はある?」


 「はい。陛下は本日は御多忙ゆえに、お茶の時間に合わせて使者様方にお会いになられるとか」


 「そっか。お茶を飲む時間もないなんて、お父様も大変ね」


 リリカナとそんな話をしながら通路を歩いていると、忙しそうに行き交う侍女たちの姿が私の視界に入ってきた。彼女たちは私の姿を見るなり、慌てて頭を垂れる。


 「ごきげんよう。シャルダ様」


 「ごきげんよう、みなさん」


 私は出来る限りの笑顔で、三人の侍女たちに挨拶を返した。


 なぜだか私は、男装することで知らない人とも普通にコミュニケーションをとることが出来る。普段は人と相対する事はとても苦手で、どもりまくってまともに挨拶すら出来ないのだが、男装した時だけは別だ。不思議と明るく振る舞える。


 「お仕事ご苦労様」


 「い、いえ、そんな……勿体ないお言葉です……」


 私が労いの言葉をかけると、心なしか彼女たちは俯きながら頬を染めてモジモジしている様にも見えた。最近、男装していてふと気になることがある。それは、城内で働く女性たちの私へと向ける視線や態度だ。


 リリカナは私の性格はこれっぽっちも褒めてはくれないけれども、見た目に関しては『国王陛下と王妃様に似て、目鼻立ちが上品で可愛らしいですよ』と、いっぱい褒めてくれる。だから、男装した私の姿は、彼女たちの目には可愛らしい美男子に映っているのかもしれないと考えていた。


 だとすると、目の前の若い侍女は、今の私にどんな感情を抱いているのだろうか?もしかして、憧れちゃったり、気になっちゃったりしているとか?


 みたいな考えが頭を過り、彼女たちの反応や感情に興味が湧いてきた。ならばと、目の前で頭を垂れたままの若い侍女の心の声を聞いてみようと試みる。


 (ごめんね。心の声、少しだけ聞かせてね)


 私は心の中で彼女に謝る。向こうから勝手に心の声が流れ込んでくるのではなく、自らの意思で力を行使して、無理やりに人の心の中を覗こうとしている事に罪悪感があったから。本当なら、心の声はその人だけの大切なものなのだ。


 そんな罪悪感に胸の奥をチクチクと痛ませながら、私は彼女の姿を視界に捉える。そうして、心を落ち着けて集中し始めると、徐々にキィンと耳鳴りが鳴り始めて、わずかな頭痛と共に、頭の中に心の声が流れ込んできた。


 【ああ、噂の赤毛のシャルダ様。初めて目にしたけど、話通り、なんて美しい方なのかしら。私も、こんな素敵な殿方とまったりと一日を過ごしてみたいわぁ。暖かな日差しを浴びながら、花が咲き誇る公園を並んでお散歩したり、お洒落なレストランでお食事をしたり、夜になったら一緒に夜空を眺めて、そして……】


 そこまで聞こえた後、彼女は恐る恐る頭を上げてきた。


 【って、なんか私ジッと見られてない? この沈黙の時間は一体なに?】


 それを最後に、心の声はピタッと聞こえなくなってしまった。


 「あ、あの、シャルダ様。わたくし、何か失礼な事をしましたでしょうか?」


 侍女は、申し訳なさそうな顔で私の様子を窺ってくる。


 「え? あ、いや。わ、わたし……じゃなかった。ぼ、僕の方こそ、失礼した」


 「え? い、いえ! わたくしの方こそ、大変失礼致しました!」


 【あぁ、シャルダ様の綺麗な青い瞳と目が合っちゃったわぁ。恥ずかしいぃー!】


 侍女はペコペコと謝りながら、そそくさと廊下を走り去っていく。私は、無理やりに作った笑顔で、小さく手を振りながら彼女の背中を見送った。


 まぁ、美男子だと思ってくれている様だし、結果オーライかな。


 「シャルル様、お時間が」


 声のトーンを落としたリリカナに呼びかけられ、私は後ろへと振り返る。


 「あぁ、ごめん。行こうか……って、リリカナ? なんか怒ってない?」


 私がそう言うと、彼女は少しむくれた感じで言い返してくる。


 「別に……怒ってなんかいませんよ」


 「嘘、怒ってんじゃん、なんで?」


 「さぁ、知りません」


 「えぇぇぇぇ……わっかんないなぁ」


 ふくれっ面のリリカナを横目に見ながら、私は一応注意しておいた。


 「どうでもいいけどさ、今の僕はシャルルじゃなくて、シャルダなんだよ。間違えないでくれたまえよ」


 リリカナはハッとした表情をした後、私に向けてペコっとお辞儀した。


 「あ、そうでした。わたくしとしたことが……大変失礼しました、シャルダ様」


 「くくく、気をつけてよねぇ」


 珍しくミスをする彼女が微笑ましくて、私はクスクスと笑った。

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