第4話 お着替え
私は涙目になりながら、ズキズキと痛む鼻を押さえて石の螺旋階段を登っていく。
ランタンを片手に螺旋階段を上りきると、目の前に自室へと繋がる分厚い扉が姿を現した。私はドアノブを捻り部屋へと入る。
狭くて暗い地下牢とは違い、扉から部屋の端までおよそ三十歩ほどの広さの部屋には、南向きの窓辺から日差しが燦々と差し込んでいる。部屋の中央には綺麗な装飾が施されたテーブルと椅子、そして今いる反対側の白い壁際には、ピンクのレースがかかったクィーンサイズのベッドが陣取っていた。
部屋へと入るなり、私はふかふかベッドの端へと腰を降ろす。あまりの痛さに、目の前がチカチカするし、なんだか頭もクラクラする。
「てててぇ……すっごい痛いんだけど」
「さぁ姫様、少し手をどけて下さいねぇ」
そう言って、リリカナは真剣な眼差しで私のケガを
「うん、派手に転んだ割には骨を折ったりと大きなケガはないみたいですね。赤くなって、ちょっと鼻血が出ちゃってますけど……擦りむいたりしてはいませんよ」
「ホント? 反射的に手が前に出てたから、そのおかげかも……」
リリカナは前掛けのポケットからハンカチを取り出すと、水が入ったポットから数滴の水を含ませた。そして、優しく鼻血を拭いてくれる。
「鼻血を拭いた後は、赤くなっている箇所をパウダーで隠しちゃいましょ」
彼女は鼻血を拭き終えると、救急箱からパフとフェイスパウダーを取り出した。そして、石階段にブツけて赤くなった鼻の辺りを、ふわふわのパフでポンポンと肌を軽く叩き始める。パフが肌に当たる度に、何故だか痛みが引いて行く気がする。
あと、すっごく気持ちがいい。
「う~ん。どうやら隠すのも、これが限界みたいですね。目立たなくはなっていますので、これで我慢してください」
「うぅ……ありがと、リリカナ」
「はい♪」
今から仕事で、大勢の人の前に出ると言うのに。ホント、なにをやっているのか。
「さてと。それじゃ、お着替えをお手伝いしますので、次は男装の準備をしましょうか。上はこちらの薄手のチュニックと赤のベスト、あと下は白いタイツと赤のキュロットを履いてください」
「う、うん。わかった」
この城での私の仕事。それは、ドライオン国王であるお父様が、謁見の間で面会する人たちの心を読む事だ。
人間とは、色々な主義や思考を持った生き物である。
社会生活を円滑に進める為に、表向きは人当たりが良かったり優しかったりするが、心の中では何を考えているか分かったものではない。
特にお父様の様に国を統治する人間には、悪意を笑顔で装って近づいて来る人間がたくさんいる。だから私の仕事は、そんな悪意からお父様をお守りすることだ。
人前に出るのはすっごく嫌だ。
それに、仕事を無理強いはされてはいないから、無理に出る必要もない。けれど、少しでも優しいお父様の役に立てるならと、なるべく謁見の場に出る様にしている。
ただ、高度に政治的な場である謁見の場に、用もないのに堂々とお姫様が居ると言うのはあまり宜しくないらしい。故に私は、この国の宰相であるセルグリードの甥のシャルダと名乗り、男装して潜り込んでいるのだ。実際のシャルダは、この世には存在しない人物。セルグリードが進言してくれた架空の存在だ。
あと、私が心を読めるという事を知っているのは、王族である家族、それに宰相のセルグリードと侍女のリリカナだけである。だから、初めて男装して謁見の場に立った時は、宮廷貴族たちの訝し気な視線と『七光りめ……』という妬みの心の声がとても怖かった。
でもまぁ、人間の適応能力とはとても素晴らしいもので、何度も繰り返しているとそんな声や視線は気にならなくなり、大勢の人の前に出られるようになっていた。男装している時だけ限定だけど。
「ふふっ。相変わらず、カッコイイですよ。シャルル様」
大きな姿見に映った、男装姿の自分。纏った衣装は、全体的に赤と黒を基調とした色合いで、余計なフリルを付けていないスッとしたラインがとても美しい。
そうして私は、いつもは丸めている背筋をピシッと伸ばして、アゴと腰に手を当ててポーズをとってみた。
「へ、へへへ。私、イケメン過ぎる?」
「イケメン、イケメン♪」
いつも思うが、男装するといつもの自分じゃなくなる感じがして、少し胸がわくわくする。変身願望と言う奴だろうか。気乗りしない仕事での、唯一の楽しみだ。
「あとは、こちらのジュストコールに袖を通してくださいね」
「うん」
リリカナに言われた通りに、彼女が持ってくれている赤いジュストコールへと袖を通す。そして、その場でクルリと一回転して、長い裾を翻した。
「ど、どうかな?」
「とってもお似合いですよ。シャルル様」
「にへへへへへぇ」
「お顔、お顔」
「おっととと……」
私は両手で軽く頬を叩いて、ニヤけた顔をリセットする。
「最後に
「はい、は~い」
窓際に用意された椅子へと座ると、リリカナが髪を櫛でといて、アップで整えてくれる。そして仕上げに、黒いベレー帽を被せてくれた。
王家の宝の一つ、魔法のベレー帽。どの様な原理かは知らないけど、これを被ると一度にたくさんの人の心の声が流れ込んでくることが一切無くなる。代わりに、一人の人に集中する事でその人物の心の声だけが聞こえてくるという便利な代物だ。
魔法という存在が、お伽噺の世界だけで語り継がれる今の時代に、確かに魔法はあったのだと示してくれる大切な遺物でもある。そんな凄い物を、アホな私なんかが被ってもいいのだろうか。
「これで準備は整いました。あとは、お時間までに謁見の間に向かうだけですね」
「……それじゃ、行こうか」
姿見には、自分とは全然思えないほど、自信に満ち溢れた面持ちでベレー帽の位置の調整する私が映っていた。
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