第2話 地下牢での一時
「お昼はどうされます? 食堂へ行かれますか?」
その言葉に、私はこの国の王であるお父様と凛とした表情のお母様、それと二人のクールなお兄様の顔を思い浮かべた。
王族としての威厳をこれでもかと放ち、背中を丸めておどおどする私なんかと違って、背筋を伸ばし威風堂々たる振る舞いで人々に接する家族なのだが……両親は勿論のこと、ガルド兄様とケンズ兄様も、病気ではないかと思うほど私の事が大好きなのだ。昔から時間さえあればみんなが私にベッタリと寄り添っているのが日常だった。
だから無警戒に食堂なんかに行ったりしたら、四人とも私の姿を見かけるなり、デレッデレの顔で力いっぱいハグして来るに違いない。
ついでに『シャルル~♡』と愛称で呼びながら気色の悪い”ほっぺすりすり”もしてくるだろう。そんなのは想像に難くない。猛獣の檻に放り込まれた兎と化すのみだ。
私は、頭の中で繰り広げられる
「……い、行くわけない、ここで食べる」
「まぁ姫様ならそう言うだろうなぁと思って、私特製のサンドイッチを作ってきましたよ」
そう言うと、リリカナは銀のトレイにお茶と一緒に乗せていたピンク色の包みをテーブルへと置いて、それを開いて見せる。すると中には、レタスと生ハムを白いパンで挟んだ三角形のサンドイッチが二つ並んでいた。
「へへ、リリカナのサンドイッチ大好きぃ♪」
目の前に現れた美味しそうなサンドイッチに反応して、私のお腹は”きゅるる”と鳴った。堪らずベッドから飛び降りると、軽い足取りでテーブルへと向かう。
「どうぞ、召し上がれ」
椅子に腰かけると同時に、リリカナが笑顔でお手拭きを差し出してくれる。それを受け取ってパパっと手を拭くと、私はそのまま指を組んだ。
「神よ、あまねく命よ。感謝して、いただきます」
存在するのか、それともしないのか。そんな神様と命に対して、私は感謝の祈りを済ませると、早速サンドイッチへと手を伸ばした。
掴んだ指が、フワフワのパンに沈んでいく。ひんやり柔らかい感触を楽しみながら、私はサンドイッチの端から噛りついた。
────パリパリッ。
唇に触れるパンのしっとり感と、瑞々しいシャキシャキとしたレタスの食感。それと、生ハムの丁度いい塩味と香りが交わり口の中いっぱいに広がっていく。
「えへへ、美味しい~。しあわせぇ」
生ハムサンドの間違いない美味しさに、私はもぐもぐと
だが、サンドイッチだけではない。彼女が作ってくれるものは何でも美味しい。
昨日のお茶の時間に出してくれた手作りのアップルパイなんかも、サックサクのパイ生地とたっぷりの砂糖で煮詰めたジューシーなリンゴ、それにシナモンの香りが堪らなく絶妙な逸品だった。
あと、晩御飯の時に出て来たクリームシチューも彼女が作ったって言ってたっけ。あれもホクホクのじゃがいもと甘い人参がゴロゴロと入っていて、とってもクリーミーで美味しかった。
「シャルル様への愛情を、たっぷりと込めてますからね」
「リリカナ好きぃ」
「ふふっ。お茶、淹れますね。姫様用に、
猫舌の私を気遣った温めのお茶がティーカップへと注がれると、湯気とともに私の鼻へと香りが届けられる。お茶の中で三番目に好きなフレーバーの香り。
「あ、今日はアップルなんだ。じゃあ、明日はベリーかな?」
「はい、かしこまりました」
疑問形の私の言葉に、彼女はそれが要望であることを察して返事を返してくれる。「やった」と口元を緩めて、私は澄んだ赤色のお茶が注がれたティーカップの取っ手を掴んで口へと運んだ。
「いい香りぃ」
そのまま一口含むと、フルーティーなリンゴの甘酸っぱい香気と、紅茶の心地よい渋みと苦みがサンドイッチの塩味をスッと洗い流してくれた。
「ふぅ……最高のひと時だわ」
「あ、そうだった。シャルル様、午後からのお仕事なのですが」
あんまり聞きたくない話が耳に入ってくる。せっかく忘れていたのに……
美味しいお茶とサンドイッチで爆上げした私のテンションを、落差千メートルはあろう滝の如く真っ逆さまに落としていく。
「はぁ……デイム帝国の使者でしょ?」
「ええ、そうです」
────デイム帝国。
バナルダン大陸の四分の二を占める北方の領土を支配する武力大国であり、大陸の南東にある我がドライオン王国とは、建国以来の犬猿の仲である。そんな、ずっと争い合っている隣国から、ドライオンとデイムに挟まれたリルハント共和国の今後について使者が送られてくると言うのだ。
どちらに加担するでもなく、中立の立場を取り続けるリルハントは、ドライオンとデイムとを隔てる大きく横たわった山脈、コゴルエ山脈の切れ目にあって両国の交通の要所として重宝されている国である。リルハント建国前のこの地は、昔から二国間で争い続けて来た場所なのだが、数百年前に現れた一人の男によって今の形に落ち着いたと言い伝えられている。
……知らんけど。
「で、姫様。実はわたくし、その一団の中に、ある要人が加わってらっしゃるというのを耳にしたのです。聞きたくないですか?」
「ん? うん、聞きたい。ある要人って?」
「それがですね、帝国の第二皇子であらせられるランスロー様なのではないかと」
「え?」
リリカナの言葉に、私はハッとする。
デイム帝国の第二皇子、ランスロー・ゴドウィンと言えば、冷血皇子として有名な人物である。ドライオン城内の宮廷貴族たちの噂話を聞くに、彼は人の情けなどは一切持ち合わせておらず、自分の気に入らない者たちは女子供であろうと容赦なく斬り捨ててしまうと言う恐ろしい逸話をたくさん持った人物らしい。
見るからに怪しくて陰湿で挙動不審な私など、出会って二秒で瞬殺だろう。
「そ、そそ、そんな怖い皇子が……」
頭の中で想像した恐ろしい皇子の姿に、私は思わず身震いした。
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