心が読めるドジで陰キャな男装姫と、心を閉ざした冷血皇子。

みなみのねこ🐈

第1話 孤独な地下牢

 陽の光は一切届かない、お城の地下深く。キィキィと甲高いネズミの鳴き声が、壁に反響して響き渡っている。


 「さむ……」


 ヒヤリとする肌寒さを感じて、私は真っ白なワンピースの上から二の腕を擦った。


 そこそこ暗くて、そこそこ狭くて、そこそこカビ臭い陰湿な空間。そんな冷たい石の壁に囲まれた部屋で、私は一人で過ごしていた。


 部屋の壁には小さな燭台が二つ掛かっており、蝋燭には周りを照らすだけの小さな炎が灯っている。私以外には誰もおらず、生き物と言えば床を素早く這いまわるとさっきから煩いネズミぐらいしかいない、暗くて寂しい……


 「は? 寂しい?」


 違う違う、とっても楽しい場所なのである。私にとって素敵な居場所。それがこの、改装された地下牢なのだ。


 「あぁ~、落ち着くぅ。誰もいないのって最っ高~♪」


 お父様が私の為だけに作ってくださった、私だけの特別な地下牢。


 部屋の壁際にはこんな場所には似つかわしくない、綺麗な装飾が施された豪華なベッドとクローゼット、それに中央には食事やお茶も出来る様にとマホガニー製のテーブルと椅子も置いてある。


 自室はもちろん別にあるのだが、ここにずっと居ても構わない様にと、最低限の着替えや生活用品などを取り揃えている。


 バナルダン大陸の四分の一近くある緑豊かな南東部を支配し、海洋貿易も盛んなドライオン王国。そんな大国の第一王女である私ことシャルターユ・ドライオンは、誰にも会うことも無いこの地下深い場所で、ウキウキとエンジョイしていた。


 「へへへ、静か静か。誰の心の声も聞こえないのって、幸せぇ」


 地下牢滞在用の質素な白いワンピースを身に纏った私は、ベッドの端に腰を降ろすと、そのまま上半身を放り出して、人目も構わず寝そべった。


 いや、そもそも人目なんてないけれど。


 ベッドへと寝そべった反動で、肩下まで伸ばしたストレートの赤毛が顔に張り付いてくる。それを、両手でササっと振り払い、お母様と同じ青色の瞳で薄汚れた天井を見上げた。


 「耳鳴り、めっちゃする……キィーンって、くく」


 そもそも、何故こんなところで一人で過ごしているのか。


 それは生まれながらにして人の心の声を聞く事が出来てしまう私が、人との接触を最低限にする為である。なんの対策もせずに、のほほんと無防備な状態で生活していると、人々の心の声が荒々しい濁流の如く、勝手に頭の中へと流れ込んでくるのだ。


 遠いご先祖様にもこの不思議な力を持っていた人がいたらしく、その方が王家の宝として残して下さった”魔法のベレー帽”なる物がある。それを被れば、人々の心の声が勝手に流れ込んでくることはなくなるという代物なのだが、そんな物を一日中被っているのも面倒だし、何より一人でいるのが好きだからここに籠っている。


 普通の人々からすれば『他人の心の声が聞こえてくるなんて、めっちゃ楽しそうじゃーん』と便利な能力に思えるかもしれない。だが、話はそんな単純な物でもない。この力のせいで私は幼い頃より苦しめられてきたからだ。


 人の心は、他人を思いやる誠意と他人を騙そうとする悪意とで満ち溢れている。


 望みもしないのに、そのどちらの声も容赦なく頭の中へと流れ込んできては、嘘と悪意で私の心を蝕んでくる。そのことに苛まされ続けた私は、いつしか自然と人を遠ざける様になっていき、人と接すること自体が苦手になっていった。


 もちろん、中には裏表の無い聖人の様な優しい人もいるし、それにカッコいい男の人は大好きだから、人間そのものが嫌いってワケではない。けれど、心が読めることで相手のことが、私は少し怖かった。


 まぁ今は、お父様が用意してくれたこの素晴らしい地下牢がある。そのおかげで、帽子も被らずに人との接触を減らせて、なんとか心穏やかな日々過ごせていた。


 「はぁ~、今日はこのまま静かに眠って過ごしたいなぁ」


 そう口にしながら、私はゆっくりと目を瞑った。すると、石造りの螺旋階段を降りてくるコツコツと言う足音と、その人物のが聞こえて来た。


 【ダメですよ、シャルル様。午後からは、お仕事があるんですから】


 空気を伝わって耳へと届く声ではない。その声は、私の頭の中に直接響いてくる。


 「うぅ、わかってる。って言うか、気持ち悪いから心の中から話しかけないでよ。ちゃんと口に出して言って、リリカナ」


 お仕事と言う言葉に、少し憂鬱な気分になりながら、私は布団に深々と埋めていた上半身をむくっと起こした。


 「気持ち悪い? 暗いところが大好きな姫様には、言われたくないですね」


 鉄格子のない牢屋の柱の陰から、メイド服を纏った若い女性がひょこっと顔を出す。彼女の名はリリカナ、十七歳で私の侍女……と言うよりも、物心がついた頃からの友達かな。彼女とは、かれこれ十年ほどの付き合いだ。


 白いうなじが隠れるぐらいまで伸ばした綺麗な黒髪に、髪と同じ黒い瞳と二重でクリっとした可愛らしい目。そして、小さな口元が愛らしく映えるあどけない笑顔。


 そんな彼女は、幼さを残す愛嬌のある見た目と……凶悪な程に存在感抜群の大きな胸部とのギャップが、城内にいる男の人達からとても人気のある子だ。もちろん、女性である私もリリカナが大好き。気遣いが行き届いてて、とっても優しいから。


 「お茶、お持ちしましたよ。シャルル様」


 「ありがと……」


 リリカナは部屋の中央まで歩いて来ると、手にした銀のトレイからティーソーサーとカップを手にしてテーブルへと置いた。私と彼女しかいない静かな空間に響く、陶器のぶつかる小さなカチャカチャという音が、なんだか心地よかった。

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