病室のカーテンと窓

トリスバリーヌオ

病室のカーテンと窓

 透けた壁に止まった虫が「ミンミン」と真っ黒な腹を見せ、叫んでいます。

 お腹に見える白と緑の「シマシマ」線が、妙な色気を出しています。

 どこか誇らしげにメスを誘惑するそれ、私は苛立ちを隠そうとは欠片も思いません。


 死ぬまで外、死ぬまで内。


 薄灰色の羽を広々と横に広げて「バタバタ」と自由に振り回す、そんな姿を見ればどちらが良いか。分かり切っていることです。


 ですが存外、内というものも悪いものではありません。

 はい、そうなのです。


「緑の葉っぱが落ちるとき私の命は消える」なんて言える季節ではないのです。


 セミのように硬い木に止まる必要はありません。

 セミのようにうるさく喚き散らす必要はありません。

 セミのように人と交尾する必要はありません。

 セミのようにご飯を食べる必要はありません。

 セミのように、セミのように……何でしょうか。


 要するに「心電図を見ながら涼んでいる。素晴らしい」です。

 一言で片付けるとなんと寂しいことなのでしょうか。


 でも、ときおり聞こえてくるお話は、退屈しのぎにうってつけです。


 ほら、聞こえてきました。


「先生、それでうちの子はどうなったんでしょうか。酷くうなされていたりしませんでしたか? 原因はわかっているんですから、お願いですから、もとのものに戻してください。お金ならいくらでも払いますから、でも、できるだけ安くお願いします。お願いします」


 思わず「フフ」っと笑いが漏れてしまいました。


「いやいや、安ければ良いってものではないでしょうに、第一、そんなお金なんて誰が出してやるんだ。僕は嫌だよ、どうして汚くてセミみたいな女に金を出さなきゃならんのだい。第一、これはあんたがしっかりしていれば済んだ話だろう。結局あんたは自分のことしか考えていない。もう少し娘のことを可愛がったらどうだい。金を出してもこれじゃ、一円たりとも儲かる訳がない。水商売をさせるって言ってもあんな、痩せてるガキにまともな値打ちすらつかない、騙すんだったらもっと上手くやってくれないか。せっかく施設から取ってきたガキを、人件費の云々の前にまともな生活が成り立っていないんだから、使える訳ないじゃないか。人の気持ちを考えられない女にまともな人間を育てられる理由はない。まともな人間なら考えてやるが、セミに金をつぎ込むバカなんて居ないよ。それに支払い能力のないバカに誰が金を貸すってんだい。せっかくついてきたのに無駄だったよ、そもそもあんたは何がしたかったんだい。病院について来いって言われても何か説明するわけでもないし、ガキ一人の顔見せて、だから何なんだい」



「お二人共落ち着いてください、病院内ではお静かにお願いします」


「貴方の方こそ! どうしてお願いを聞いてくれない男のお願いを聞かないといけないんですか、それに、うるさくしている原因は先生のそれもなんですから、結局のところ先生は私達の何も知らないじゃないですか。せっかく連休に来てやったのに、なんですか!」


「ですから、お静かに」


「聞こえませんでしたか? お願いなんて聞かないんです!」


「あのですね、他の患者さんも寝ているのですから、お静かにといったんです。聞こえませんでしたか? 他人のことを少しは考えて頂いてもよろしいでしょうか。これ以上騒ぐのであれば、相応の対応をさせていただきます。そもそも、極度の飢餓だなんて、仮に助かっても脳に障害が出でもしたら、彼女はまともに……引き取ったお子さんであれ、何であれ責任というものがですね……」


 また「フフ」っと笑みをこぼしました。


 私のことをどうやらセミに例えている様子です。

 私がセミなわけないのに不思議ですね。

 なんだか、ここにいる皆どこかズレています。

 可哀想な人たちです。


 案外、悪いものではありません。

 窓の縁でぐったりとしているセミに比べたら、ですが。

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病室のカーテンと窓 トリスバリーヌオ @oobayasiutimata

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