目先3cmは火花

こうり

目先3cmは火花

 あれは確か、わたしが小学校に上がって半年の頃の冒険。


 誰に話しても夢だと思われますし、わたしもそろそろ本当に夢だったのではと思い始めています。


 でも、従兄弟のそうだけは、ああそんなこともあったねと、当時のわたしの話をするのです。



 惣は花火師です。文字通り、自ら練った打ち上げ花火を自ら打ち上げる人です。当時は19歳で、彼自身が作った花火を初めて打ち上げる機会を、その年の地域の夏祭りに貰いました。

 花火師の修行は普通10年かかるものだそうですが、惣はそれを10分の1の時間でものにしたと聞きます。

 花火素人のわたしでも分かります。そんな阿呆なことはありません。

 それから、界隈では、一人前になった惣のことは「花火の神様」と呼ばれるようになり、今でもその名が落ちることはありません。

 

 夏休み、惣の打ち上げデビューの日。わたしは家族で夏祭りに行きました。

 一緒に行く友達がいないことはないのですが、近くで別の、もっと大きな夏祭りがあるらしく、彼女達は皆そちらへ行きました。

 親戚の晴れ舞台ですし、わたし達は皆楽しみにしていました。とりわけわたしは、それまでちゃんと夏祭りに行った経験がなく、子供用の浴衣を着てずっと興奮していたそうです。

 それが惣の耳にも届いたようで、私だけ特別に、打ち上げを間近で見せて貰えることになりました。両親は少し心配しましたが、惣は「大丈夫だって」と、悪戯にピースを見せてくるのでした。

 今思うとわたし、相当なはしゃぎ様ですね。惣に知られているのが少し癪ですが、子供の頃なんてそんなもんです、たぶん。


「打ち上げ筒には絶対に近づくんじゃないぞ。もし花火と一緒に打ち上がったら__」

「…帰って来れんのかな。」

 本番直前、活気の渦の中心とは少し離れた所で二人きり。

 待機中、法被はっぴ姿の惣はこちらを見てニヤニヤしたり、すん…と何処か遠くを見つめたり。惣は今も何を考えているのかよく分かりませんが、その性質はこの頃から健全なようです。

 そんな惣の助言なんざ、興奮で沸き立っている小さなわたしには全く耳に入っていなかったのだけど。


__ひゅるるるるる〜……

__どん。どん。ぱぱぱ。

 始まった。

 夏祭りを締め括る喝采。


「いよいよだ。…行くぞ…!」

 惣の花火も問題無く打ち上がったようで。

__どん__どん。

ぱちぱちぱち。


「…わ。何年…振りかな…」


 愛しそうな惣の目には、惣自身が作り上げた花が輝いていました。


「やった…やった!おい見ろ、鈴凪すずな!」

 惣もまた、興奮にあてられていたものです。

 わたしを抱き上げて、特等席で見せてくれました。

 もっと見せてください、と幼いわたしは強請りました。

 

 惣は応えてくれました。

 

 前へ、前へ。


 目の前には打ち上げ筒がありました。

 中には既に着火された次の花火玉がありました。

 惣もわたしも気付きませんでした。

 

 惣は応えすぎました。


「いっ……」


__ぼん、と真下で爆ぜる轟音に、刹那真っ白になるわたしの世界。

 次の瞬間には、わたしは花火と空高く並んでいたのです。

 光の結晶に包まれて。


「あ」

「あー、やっちゃったな」

 一瞬下を見ましたら、大豆サイズの惣が頬をぽりぽり掻いているのが見えるのですが、あまりに常識離れした高度に、どうにも意識が遠退きそうになるのを感じたので目線を上げることにしました。


「っわ、あ…!」


 まだ危機感に欠ける年のわたしは、目の前の、燃え盛り煌めく花々に目を見開き、わたしが一人置かれている状況なんて、すぐに頭の外に出て行ってしまいました。


 真夏の夜空を走る光線。

 鳴り響く大輪の紅花。

 咲いては散り、散っては咲く。

 

 火花はわたしの見開かれた目に焼き付けるように、たった数センチ先で踊っています。

 その一つ一つ、または全てに心奪われる感覚を、わたしは半信半疑ながら今も今でも覚えています。


 この時からずっと、わたしは花火が大好きです。


 一方地上では、そちらだけ異世界だったのかと疑うような会話がされていた訳ですが。

「ハァ、おい、今の大丈夫か!?」

「あ、師匠。見えてたんですね、相変わらず目が良いなあ」

「それはいいから、子供が打ち上がっただろう。戻せるか?惣お前、神念は…」

「今使ってる」

「もうずいぶん使ってないんだろう…?」

「大丈夫だって」


 わたしはそのとき、なんとなく自分が空に浮いていると錯覚していましたが、普通に考えてそんなはずはなく。

 ふいに、無限に落ち続ける感覚に襲われました。

 愚かにも、わたしはそれでようやっと己の危機を認識したのです。


 五体満足のわたしを包んだ、昇る花火とは真逆の方向に伸びる光の結晶の流れは、そのまま地上の、同じ結晶をほのかに纏う惣の腕の中にすっぽり収まりました。


 

 空中で途切れたわたしの次の記憶は、訳も分からず惣の謝罪を聞いているところからになります。



 

 わたしが高校に上がって半年が経ちました。 

 流行病のこともあり、しばらく行けていなかった夏祭りに友達と行きまして、ついでに現役花火師の惣に、9年前のことを今一度問いただしてみました。


「鈴凪は知ってるじゃん」


 が、何を聞いても、28歳になったのにも関わらず風貌が9年前と全く変わらない惣は、同じことしか答えてくれません。


「ほら、僕って『花火の神様』でしょ」


と、彼は顔の横にピースを添えて、悪戯に微笑むのです。

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目先3cmは火花 こうり @kori_kkym

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