線香花火

 近頃世間で奇妙な思想が流行っていた。


 人生の価値は死に方で決まる


といったものだ。終わりよければすべてよし、なんて言葉があるがそれの究極形だろうか。何にもなれなかった者達の心の拠り所なのか。

 テレビをつけるとどこの局も、この偉人はこんなつまらない死に方をしたとか、理想の死に方ベスト10だとか、はては映え自殺スポット特集なんかをやっていた。

 僕は嫌気が差しテレビを消した。気分を変えようとあてもなく茜色の街へ出かけた。

 主婦達は自分の夫はこんなふうに死んだと自慢げに話している。

 下校中の子供達は瞳を輝かせ将来の死に方を語っている。

 仲睦まじく寄り添いあっているカップルはピンク色の丈夫そうな紐を手に握っている。

 外へ出たのは失敗だったか。私は嘆息を漏らした。


 帰り道の途中、マンションの下に人だたりができていた。人々の視線は屋上にいる一人の男に注がれている。

 男は下にいる野次馬にむかって声を張り上げた。

「皆様方、私は今からここから飛び降ります!どうぞ私の勇姿を、死に様を見届けてやって下さい!もし私の死が皆様の心を動かしたのであれば、どうか私を拍手で見送って下さい!」

 男はそう言い終えると勢いよく屋上から飛び降りた。彼のほとばしる生命が、今、まさに潰えようとしている。

 彼が地平と交わろうとした瞬間、時が止まったように感じた。

 彼と目があった。あった気がした。

 満足げな口元とは対照的に、その瞳は不安に満ちていた。


 僕は早足で自宅へと向かった。後ろでは割れんばかりの拍手が起きている。

 今日も明日も誰か死ぬ。そんな世界で生きている。

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単、譚、短 浅山仲原綿 @AsymhrnkWata

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