ヘテロの親友を百合に落とす話。

トロイア

第1話 ファーストキスとセカンドキス

同性愛。

私には無関係なことだと思ってた。

世の中にはそういう人達もいるんだなって思うぐらいで、どこまでも他人事として考えてた。

自分とは無縁な世界だし、過去の恋心を振り返ってみてもその対象は全て異性だった。まぁ、その恋心は一つ残らず片思いの道半ばで行方不明になってしまったけれど。

いずれにせよ、間違いなく私の恋愛対象は異性であって、同性に対する恋心なんて持ち合わせているはずがなかった。

彼女に対する感情は、いつまでも友愛のはずだったのに。


*


「どぅへぇ~...、もうこれ高校生のレベルじゃないでしょ!大学...、いや大学院レベルなんじゃない!?」


万歳状態で机に突っ伏しながら文句を垂れているのは幼馴染の夏色なついろ 向日葵ひまわりである。

途中式を中断させるかのように突拍子もないイコールを書き出し、大学院というワードと結び付けている。現実逃避している時に見られる謎行動だ。

高校2年生になり、前期中間テストを控えた私達は、いつも通り私の自室に集まり勉強会を開いている。勉強会といっても向日葵と私の二人だけで、向日葵に私が淡々と教え続ける家庭教師状態になっている。


「これ授業中にやってたことと大差ないでしょ。今の愚痴、部活の後輩に聞かせてみな?」


「こ、後輩たちはこんな難しい問題にまだ出会ってないでしょ!だから文句言われる筋合いありませぇん!」


「いや、これくらいの基礎問題なら解ける子も結構いると思うよ。一応進学校なんだから」


「ぶぇ!?まじ?そんなんズルッ子だ!ずるっこずるっこ!」


問題を解くことを諦めたのか、向日葵は愚痴を吐きながら私のベッドへと飛び込む。


「ちょっと...もう終わりなの?まだ序盤なんだけど」


と言いつつも、一度集中が切れると再度机に向かわせるのは無理だと経験で分かっているので、私も開いていた参考書を閉じる。


「もう今日は嫌だ...、数学は嫌いだぁ...。理系だけやっとけぇい!」


毛布に顔を埋めながら、籠った愚痴が漏れ聞こえる。

数学以外はある程度対策を終えているため、ギリギリ間に合うとは思うが、少々不安が残る。

私達の通う学校は、県内では進学校に属する高校で、求められる学力は高い。

勉強嫌いの向日葵がなぜ入学できたのかというと、私の進学先を聞いてついてきたという形になる。

もちろん当時は入学出来る学力レベルではなかったが、スポーツに秀でており陸上部で実績を残していたため、スポーツ推薦枠を利用したのだ。

それでも最低限の学力は必要となってくるため、私が空いた時間で勉強を教えて何とか合格を勝ち取ったという経緯になる。


「じゃあ明日はもうちょっと頑張ってもらうからね」


「いぇっさぁー....」


向日葵は、高校でもその運動神経を活かして目覚ましい実績を上げている。人より何倍も部活に打ち込む彼女に勉強を強要するのは気が引けるが、親友が留年なんてことになったら、それこそ取り返しがつかないため、心を鬼にして教えている。


「あっ!そうだ!」


何かを思い出したかのようにベッドから起き上がる向日葵。

華麗にベッドから飛び降りると何やら自分のバッグを漁り始める。

取り出したのはDVDのようだった。


「....なんのDVD?」


「んっふっふー。これね、私達が幼稚園生だった頃の思い出デーブイデーなんだよね」


「思い出DVD?」


「っそ、昨日机の奥から出てきたんだよねー。お父さんが昔焼いてくれたの」


ルンルンと鼻歌を歌いながら、机上のノートパソコンのDVDドライブへと挿入する。


「せっかくだから二人で見ようよ。私も多分見たことない」


私の横に寄り添うように座り、ノートパソコンを目の前に移動させる。

しばらくしてソフトが立ち上がると、自動で動画が再生され始める。


パァンという音が鳴るや否や、並んでいた子供達が一斉に走り始める。

最初の映像はどうやら運動会の記録のようだ。

声援が鳴り響く中、走り始めた子供達の中にズバ抜けて早い短髪茶髪の子がいた。


「あぁー!これ私じゃん!ちょっと、お父さんはしゃぎすぎだってぇ!」


「うわはっやぁ...、けどお父さんの声で何も聞こえないね」


向日葵のお父さんは声が大きいため、カメラの近くで叫ばれると音割れがひどい。

大声量で大声援を送りながらも、風を切る少女を逃すまいと画角はきっちりと狙いを定めている。

向日葵は少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにハニカミながら映像を眺めている。

小さい向日葵は、周囲と圧倒的な差をつけてゴールテープを切っていた。


「あれ絶対周りから冷たい目で見られてたでしょ...、いくらなんでも声がでかすぎるって」


話題の中心はどうしても向日葵のお父さんになってしまっていた。主役より目立っていたのでしょうがない。

父親に呆れながらも、その声音は弾んでいた。


映像が切り替わり、そこには麦わら帽子を被った二人の少女が映っていた。

言わずもがな、小さな私と向日葵だ。


「これって、向日葵のお母さんにピクニックに連れて行ってもらったときだっけ?」


「そうそう、雫が数日私んちに泊まることになって、その時のやつ」


母親が数日家を空けることになり、夏色家にご厄介となったのだ。

優しく出迎えてくれて、色々なところに連れて行ってくれたことを覚えている。


「てか小さい雫可愛すぎでしょ。ほっぺぷにぷにじゃん!」


「ちょっ、やめてよ。今は瘦せてるし!」


「ほんとかぁ?うりうり~」


指先でほっぺをつついてくる。

小さい頃の私は少しぽっちゃりしている、ように見える。実際は標準体型のはずだが、スリムな向日葵と並べてみると色々と強調されて見えてしまう。

そう、私は標準体型のはずなのだ。


「この脂肪とは無縁のスリム女め!」


「あひらららっ!ほおおいく!いくうかんでるから!」


両のほっぺを少し強めに引っ張ってやると、面白いくらいに伸びて向日葵の顔面幅が増える。

その顔を見てるとこちらも笑えてきて、力が抜けてしまう。


「ぷっ、何その顔」


「雫が引っ張るからでしょ!?」


両頬を擦りながら、抗議の眼差しを向けてくる。

そんな何ともないやり取りをしている内にも、映像は進む。

私達はお互い色々なリアクションを取りながら、画面を眺め続ける。

そして、再生バーが終わりへと近づく頃、映像の雰囲気はガラリと変わり、手振れの激しい映像へと切り替わった。


『あれぇ?これだいじょぶかな?赤いのついてるし、まいっか』


画面全体にドアップで映りこんだのは小さい向日葵の顔面だった。

レンズを覗き込んだかと思ったら、それを床に置く。

そして、その先には仰向けで寝ている私が映っていた。


「....あっこれって」


隣の大きい向日葵が何かに気づいたのか、後ろめたそうに呟く。

あまり見せたくない黒歴史的な動画なのだろうか。

画面内の私はスヤスヤと寝息を立てていた。少し恥ずかしい。


『雫ちゃんはネムネムしています』


小さい向日葵が私の寝顔をドアップで映す。ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。

目を背けたい衝動に駆られるが、好奇心と最後の動画ということでどこか後に引けない状態に陥っていた。

隣の向日葵はというと、何やら先程からモジモジとしている。


『雫ちゃ~ん』


小さな手が私の頬を優しくぺちぺちと叩くが、全く起きる気配がしない。

睡眠が深いのは今も昔も変わらないことを客観的に知れた。むず痒い。


『私と雫ちゃんだけの秘密のカメラー』


画角は何もない床へと向けられ、アホっぽい言葉をいくつか呟き続ける小さい向日葵を眺め聞き続けていると、突然の沈黙が訪れる。

風が窓から入ってくる音と私の寝息が微かに聞こえる。

先程まで床を映し続けていた手振れのひどいカメラは、床に置かれたのか揺れるカーテンを映してその画角は静止する。

刹那の沈黙後に、微かに布の擦れる音が聞こえる。

そして


『...ちゅっ』


微かだが確かに、その音は部屋に響き、私達の耳に届いた。

途端、動画は終わりを迎えた。

ブラックアウトとした映像に続いて、今度はこの部屋に沈黙が訪れる。


「...え、ちょっと今の、最後のなに?」


「えっ何って...え?」


知らぬ存ぜぬで通しきれるほどに、向日葵は嘘が上手くはない。

というか先ほどまでの態度で、詳細を知っているのはバレバレだ。


「いやいや、最後の動画怪しすぎるでしょ。まさか私の寝込み襲ったの...?」


一気に核心に迫る一言を投げかけると、顔を背けていた向日葵の顔が飛んで行ってしまいそうな勢いでこちらへと向けられる。


「ち、ちがうから!あれは、なんか、魔が差したってやつだよ!馬刺しぃ的な」


「いや漢字違うし、意味不明だし」


向日葵の様子を見るからに、やはりあれはそういうことなのだろう。


「私もよく覚えてないけど、多分寝てる雫の顔見てたら、無性にしたくなったんだと思う!多分!無邪気な好奇心だよ!」


「好奇心で寝てる私にキスしたんだ?魔が差して?」


睨みながら尋問をするように問い詰める。


「ご、ごめん」


「どこにしたの?」


「.............。」


「まさか、唇?」


「............。」


こくりっと小さく揺れる茶髪頭。

私のファーストキスが、とっくのとうに幼馴染に奪われていた事実に少し悲しくなる。

まぁ同性とのキスなんてノーカン判定だろうけど。


「こういうこと、誰にでもしてるんじゃないよね?もしそうだとしたら、ちょっと距離置いたほうが...」


心配になったのは向日葵の貞操観念だった。

基本的に純粋な向日葵はスキンシップが過剰な一面がある。異性との距離も近いし、同性となると抱き着くなんてことは日常茶飯事だ。

私がその被害を一番受けているといっても間違いなく過言ではない。そして今日、その被害がまた一つ増えた形となったのだ。


「し、してないよ!キスなんて雫にしかしたことない!本当に!」


冗談で少しからかったはずが、距離を置くという発言が良くなかったらしく、私の右手を強く握りしめ、こちらを見つめる瞳は微かに潤んでいた。


「ほんとにごめん...だから距離置くなんて言わないで...」


「冗談冗談、向日葵はそんなことしないってわかってるから。ごめんね泣かないで」


急いでティッシュを渡すと、ありがとっと小さく呟き雑に涙を拭き始める。

向日葵が元気を取り戻すまで、しばらく時間がかかることになった。


*


もうすっかり外は暗くなり、窓からは月が顔を覗かせている。

あの後は、調子を取り戻した向日葵とネット動画を見ながら過ごしていた。

やがてはしゃぎ疲れた向日葵は、睡魔に負け、私の肩に頭を預ける形で眠ってしまった。

起こすのも悪く感じ、そのままの態勢で動画を見続けていたが、不安定な状態なため向日葵の体重が徐々に前へと傾き始め、最終的に膝枕という形に落ち着いた。


動画で見た小さい向日葵を想起させる寝顔に、どこか温かい気持ちになってくる。

どこまでも真っすぐで明るくて、人に寄り添える優しい女の子。

私はこの子に何度も救われてきた。

口に出したら恥ずかしい言葉が頭をよぎる。

誰が見ているわけでもないが、恥ずかしさをかき消すように寝顔を見つめながら呟き始める。


「向日葵ちゃ~ん」


まだ脳裏に鮮明に焼き付いている動画の最後の部分を脳内再生し始める。

ほっぺをつんつんとすると、無意識ながらも微かな反応を返してくれる。それが無性に可愛く感じる。


「向日葵ちゃんはネムネムのようですね」


記憶の音声をなぞる様に囁きながら、ほっぺを擦ると、幸せそうな笑みを浮かべ、こちらに顔が向けられる。

その顔を見た瞬間、ふと不思議な感覚が湧き出てくる。

頬を撫でる手を止め、じっと向日葵の顔を見つめる。

今にも目を開くのではないかと、どこか緊張感を感じながらも見つめ続ける。

けれど、健やかな寝息を立て続ける彼女の寝顔は、変わらず私の太ももにあった。

あぁ、魔が差した時の向日葵の感情とは、恐らくこれのことなのだろう。

この感情がどういうものなのか。少し説明が難しいけれど、多分独占欲に似たものなんだと思う。

大切な親友が自分にしか見せない顔。自分だけがその顔を見つめている状況で、さらに一歩、何か特別なことがしたい。

親友にも知られたくない、自分だけが知っている親友との特別な証。

そんな言葉にしがたい不思議な感情が身体中に染み込み始める。


気づいたらもう目の前で、香りも音も、今までになく近く感じる。

一向に起きる気配のない彼女の顔を最後に、私は目を瞑り、残り僅かな距離を埋めた。




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