神殺し

 教会から遠く離れた草原の奥に二つのシルエット。照らす月と夜風が美男美女を際立たせるだけに、背後に聳えるコンクリートの壁が余計だった。

 うち一人はシスター・ヤエ。風になびく前髪を整えてから隣の彼に問う。

「どうですか? ここの神は」

「さてな。本体が出てこない以上は何とも。まあ、どんな輩かは想像がつくが」

「本当にやるのですか? いえ、できるのですか?」

 ヤエもメヘルブの出身であるため、その言葉をはっきりと口に出すことはできない。

 無論、異端として扱われる行動も不能だから、それをやるつもりでいる彼とこうして対話をしている最中も緊張の糸は解けず。心に神への不信がありながらもそれを表出できないというのは、つくづく忍耐を要するストレスの蓄積に他ならない。

 しかし、彼の方は違った。

「当然だ。俺はこの街の神を殺してこい、と我が王より命を受けている。本体がどこに隠れているかはまだ特定できないが、その非道が我々に見つかった以上、奴の命は時間の問題と言っていいだろう」

 常に目蓋を閉じている長身の青年。やや長い白髪を後ろで束ねる彼は、神父のようなデザインの白い衣を身に纏っているため、夜間でも存在が浮き彫りになっている。

 これほど個性的な青年ならすぐに注目を浴びて当然のはずだが、現在このメヘルブでヤエの他に彼を知る者はいない。

「ヤエ、お前はこの街の人間は誰であれ神に逆らえないと言うがな、俺はそのルールに多くの欠点があると見ている。抜け道と言ってもいい。余所者の俺と、出身者のお前がこうして中身の無い作戦会議に時間を費やせていることもその一つだ」

「それは、そうです」

「つまり、少なくとも神の否定に繋がらない程度であれば俺に協力できるということだ。お前の行動は今後も制限されるが、俺は構わず動ける。お互いに気を遣うこと必須だが、これは打開策として有効なはず。

 もっとも、奴の尻尾を掴むことこそが最難関なのだろうがな。いつもの神殺しと聞いて来てみれば、思いのほか専門外で参っているよ」

「ユアン、何が言いたいの?」

 メヘルブの神。人智を超越した存在を殺すと騙るユアンなる青年は、ヤエを試すように結論を引き延ばす。

 ヤエはそんな彼を睨んだ。アイデアがあるならもったいぶらずに教えてほしいから。

 そんな乙女の不機嫌を愉しむと、彼は不敵な笑みのまま屈してあげた。

「牙城を崩すための協力者がほしい。神に対して疑いを持つ者、あるいは反逆の意志を持つ者の手がな。誰かいないのか? その様子が見受けられる程度でも構わん。全員が敬虔な信者ではないのはお前が証明しているだろう?」

「……心当たりはあります。ただ一人だけ、あなたと同じくメヘルブの掟を破れる人」

「それは重畳。では今宵のうちに顔を合わせておこうか。ヤエ、案内を頼むぞ」

「えっ! そこまで急がなくても……。協力してくれるかどうかも分からないし……」

 二人と手を組むということは、命懸けの戦いに巻き込まれるということ。

 結果的にユアンが神を殺すことに成功したとしても、彼の方はきっと無事では済まないはず。政治も戦争もない世界を生きる少女ですら碌なことにならないと読める。

 故に惑わざるを得ない。誰かに喜んでもらえるように研鑽を積んだ紅茶を、あれほど幸せそうに飲み干してくれた彼が悲惨な目に遭うのが許せない。これ以上、辛そうなあの人に余計な重荷を背負わせたくないのだ。

「ヤエ、行動は早い方が良い。向こうもすぐに気付くだろうからな。そう案ずるな。神を出し抜くことさえ叶えば、あとは俺が何とかしてやるとも」

 そう言って青年は教会へ向けて歩き出した。

 彼の方針は既に固まり、砕けない。メヘルブの誰も持ち得ない決断力と機敏さに少女は驚くと、同時にまだ決心がつかず頭を悩まし続けている己の鈍さを恥じた。

 仕方なく駆け足でその背中を追いかけて隣に並んだ。案内を頼むと言っておきながら先に行ってしまうとは何事かと、自分より一回り大きい男性に対して遠慮なく不満をぶつける少女は、何だか生き生きとしていた。

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