/28スモークツリー 煙に巻く
〔よってらっしゃい みてらっしゃい
行きは良い良い 帰りは〕
戦争は終結し和平が結ばれた。あらゆる常識は一変し、環境は劇的に変化した。それは例えば戦争賠償の体をなした互いの文明文化の輸入輸出であったり、倫理観の一新であったり、反動のように厳しくなった非暴力思想だったり。
求められるものももちろん。兵器の開発は悪魔の所業のように非難されるようになったし、処分するにも金がかかると溜め込んだ武器たちは倉庫やら塔やらに仕舞い込まれる末路となった。
さて。では平和となった世において最もたる武器兵器として君臨したものはなにか。情報だ。情報しかあるまい。いや、そもそも元からそうではあった。ただそれ以外の選択肢ががくりと無くなっただけ。
情報において大切なのは鮮度と速さ、それから信憑性。こういうのにお決まりな話だが、えてして深い情報ほど表には出回らず裏でひっそり利用される取引対象になるものだ。
_____そうとも。大抵、お偉い方が必死に秘匿したがった情報すら、裏の路地裏なんかで対価として支払われる。そういう情報屋ってのは、いかんせん旧時代から変わらず存在する故。
それは和平が訪れ混迷を迎えた時期においてさっさとそれらのイニシアチブを握った。最早国を超えて裏では名の知れた情報屋ってやつ。げに恐ろしきはそれ自身の情報はまるでまるで秘匿されているってこと。
それの名前?
さて、最早由来もわからないが“抜け首”と呼ばれている。
科学の国の居住エリアCは常賑わっている。一時代前には不要で馬鹿馬鹿しいものと認知されていたくせに、今や娯楽の類の物らは経済活性の一端を握って、文明から文化が生まれる様は面白さすら感じる。
“彼”は木製風にデザインされたベンチに座っていた。キャップの中に収められた鉛色の髪がぴょんと跳ねている。上手にツバが影になって“彼”の顔はよく見えなかったし、色のついたサングラスはおしゃれではあったが瞳を上手に隠していた。背中合わせに、誰かが座ったことが分かる。三つ指で背もたれを4回叩かれ、一度ノックを返す。爪先で微かな音を立てて2回引っ掻くので、2回指を鳴らして返した。
「どうも。」
「はいどーも」
2人は互いの顔を見合うことすらなく、口を動かした。
人気のない路地。薄暗い行き止まり。往々にして良からぬことに使われる代表場所といえばそのあたりだろうか。それは事実で、けれど。では人が賑わう観覧区画は須く皆真摯で偽りなく誰にだって口外できる行いばかりか,と問われればそうではない。人は意外と、他人のことを見ているようでみていない。
「科学の国は相変わらず忙しなさそうだね。」
「そうですかね。まぁ“そちら”の自由気ままさと比べればそうですかね。」
「うちは秘密基地みたいなものだからね。そっちはダンジョンみたいなものかな?」
「南京錠の宝箱が新しく増えたりして大変だけどね。お陰で蜘蛛の巣が絡み始めて困ったよ。」
「そりゃ大変だ。今度掃除手伝いに行くよ。」
「そうそう、最近庭の手入れをしたんだが、硝子のビー玉があって、随分綺麗だったから拾ったよ。君んとこ眼鏡のちいこい子いただろ、あげるよ。」
「ありがとう。それじゃあお礼に珍しい絵本を見つけたんで、これどうぞ。星座の騎士の話だってさ。」
「へぇ。家でゆっくり読ませてもらうよ。」
2人は背もたれを挟んで背中合わせ、なんてことのない世間話を偶然であったようなテイで話続けた。時折肩越しに話に上がったようにビー玉やら絵本やらを渡し合うことこそあれど、顔を突き合わせて話すことはなかった。親しそうとは決していえないが、違和感のない光景ではあった。
「あぁこんな時間だ。そろそろ行くよ。」
腰を上げたのは“彼”の方だ。キャップのつばをなんとなしに掴むと安心するためのように深く被り直す。ずっと背中合わせで顔を見ようともしなかった彼の背を見る。オーバーサイズの服と丸まった背中、どこにでもいるようでほんの少し目を背ければ見失ってしまいそうなその姿に素直に感心の念を抱いた。
「それじゃあどうも。猫さん?」
「どーも。」
“彼”は名残惜しさも何も残さずさっさとその場からいなくなった。
残された彼はしばらくその場に座っていたが蜂蜜色の瞳をゆらめかせ、それからしばらくして立ち上がり喧騒の中へと溶け込んでいった。
その場にはまた再びにぎわいだけが行き交っていた。
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