/27シャガ 反抗


〔怠惰 嫉妬 傲慢 色欲 強欲 暴食 それから憤怒

なんのことかってそりゃあ 人間ってことさ〕


「ふむ。なるほどなるほど、わかった。足らぬものばかりなのは世の常であるし、我が音楽は最高という自負はあれどそれらは全て初めから完璧であったわけではない。さりとて自覚なき不出来というのは言い換えれば成長、進化の芽がないことと同義であるゆえ、我輩ははっきりとものを言うこととしよう。_____やはり下手くそだな!」

演奏家にしては長々とした口上を付け加えて告げられた言葉に、やはり歌姫は表情を変えることはない。それすらもわかりきっていたことで、だからこそ演奏家はピアノの鍵盤を荒く抑えつけ音を弾いた。


「君は楽譜をなぞることこそ歌姫の名に相応しい才覚を有するが、言い換えて仕舞えばそれだけだ。発展がない。応用がない。オリジナリティがない。無論その才覚はひとえに素晴らしいものだが、問題は君の意識がないゆえということだ。そうとも。君は今ジュークボックスと同じ存在だ。レコードがあれば事足りる歌姫などステージ上では不要だとも。何故人々が歌を求め音楽に歓声を上げると思う。何故我々がミュージックに音を楽しむなどと言うルビを振ったと思う。そうとも_________感動したいからだ。君の歌に感動はない。何故か?帝王学を教えてやろう。最も人を楽しませるのは最も楽しんでいるものだからだ。」

「………」

「……えぇい!兎に角だ!芸術ほど一辺倒でそれだけで完結するものはない!分かったら今日は課外だ…狭間の街限定だがね。感情をあけすけに発露しろと言っているのではない。ただ、自分は人形ではないと示したのは君だ。ならば、ひとつだけでいい。どんなくだらなくちっぽけなものでも良い。自分が何を思ったか、を見つけてきたまえ!」

さぁ!と半ば追い出されるようにと演奏家の居住部屋を追い出された歌姫の顔は珍しく困り果てている…ようには見えなかったが、縋るように一身に閉まりきった扉へと視線を向けていたことは確かだ。しかし扉が開かないと理解すると、名残惜しげもなくさっさとその場から離れていった。向かうは中層。街で一番活気あふれるエリアだ。


「あれ、あれ、歌姫ちゃんだ!えっと、えっと、演奏家さんとのじゅぎょーおわったの?」

いの一番に歌姫に気がついたのはロップだ。はずむように近づいてくると、それからぐるぐる周りを楽しそうに回っている。

歌姫はロップの顔をじっと見つめた。ひだまりに例えられることがあるくらいまなじりは柔らかくほころび、頬はあからんで口元はゆるく上がった、まさしくお手本のような天真爛漫な笑顔だ。


むぎゅ。歌姫が突然自分の頬を上向きに引っ張ったので、ギョッとしたのは周りの方だ。慌てて止めたのはヒツジで、やはり遠慮なく引っ張ったせいで少し赤みがさした歌姫の頬をおそるおそると撫でる。


「どうしたんだよぅっ、いま、すごいぎゅーってひっぱってたぞっ!」

歌姫はやはり黙りこくって、先程で快活な笑顔を浮かべていたロップをじっと見つめた。それから再びもにゅもにゅと頬に手を当てるので、どうすれば良いのかわからなくなってしまう。


「もしかして…えがお…の、れんしゅー?」

ここでようやくと、歌姫が頷いた。

ねむたげなまなこでよく気がついたもので、カラスはむむ、と口元を尖らせる。


「れんしゅーっ?」

「うん、うん……うん?」

言葉が少ないどころかほとんどない歌姫の行動の原点がわからずに、さすがの子供達も困惑してしまう。


「でも、でも、ほっぺたぎゅーってするといたいからえがおはむずかしーよ。」

「ん!笑顔…笑顔かぁっ、僕は自分でするの、苦手だしなぁっ……好きなご飯食べた時とか、自然になるっ」

「うん、うん、あ、歌姫ちゃんはなにかすきなたべものあった?」

再び、今度は首を横に振った。どうしてとか、なんでとか、そんなことを聞くよりも前にどうすればを考えるのが子供達のいいところだろう。


「そっか、そっか、だったらこれからたのしみだねっ」

「……?」

「だって、だって、これからいっぱいたのしいね!あのね、あのね、あたらしい好きにであうのときはね、すごいすごいわくわくどきどきするんだよ!」

ロップの言葉には明日への期待しか込められていなくて、なんだかぴりぴりと伝線してしまいそうだ。楽しいね、たのしみだね、ロップたちには何にも得なんてないのに、そうやって同調する。


『自分の意思など持つな、お前は兵器なのよ。』

呪いのように染み付いた、楽だったから従った命令。首がすげ変わろうと何があろうと、指揮権がある人に従っているだけで良かった日々の絶対指令。

ア、でもその指令、兵器に与えられたものだから。つまりね。歌姫には、もう与えられてないってこと!



「…………ぅ…ん。」

だから本当なら、首を振るだけで事足りる返事を絞り出した下手くそな相槌で返したのは歌姫が心にそう思ったからに違いない。

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