/21ムスクローズ 移り気な愛
〔ゆらゆら ゆらゆら 揺れて 揺れて だってさ いつだってすごいねってほめてほしいじゃん〕
魔法の国 物語没入体験型カフェ“フェアリーテイル ”
「えーと、“ラ・ルクス・ジェントル”と“グレイジュエリー”、“レッドフット”、“グーテンの夜明けにて”…は前に読んだな。やっぱりキャンセルで。“レッドフット”は新装版のほうね。じゃあ“ホワイティローズ”“レッディプランセス”、これビビディスターシステムついてんの。じゃあそれつけて。“ほしのみぞしる”も追加。ん、新作あるじゃん“ミルキー”とそれから“ホエールパッチワーク”も追加で。オプションにスカイキーつけてね。あーあとミルクティ、オランジェットのセットで、じゃあよろしく」
人って不思議だ。耳から確かに聞こえているのに、音がまるで意味を持って聞こえなくなる瞬間がある。
カフェ“フェアリーテイル ”の新人アルバイトはこちらを一瞥もせずつらつらと告げられた客の注文の複雑さに目を剥いた。
“フェアリーテイル”では書物の中へと没入し、実際に物語にキャラクターとして入り込み体験することができる。そういう魔法がかかった書物を取り扱っている。そこにカフェの要素を加えた店だ。特性上注文が複雑になることは多々あり、特にリピーターであり手慣れた客はろくな新人よりも手際が良い。
困ってしまうのは、残念ながら新人アルバイトの方が手際が良くないこと。これは仕方のないことである。客がスタッフを慮る必要性はないが、だからといって最初からなんでもできろとするのは非道だ。
だってまさかまさかの降って沸いた大変と困惑。おろりと視線を彷徨わせても近くに誰かも見当たらない。
人って悲しい生き物で一度パニックに陥り込むとなんだか気が急いて仕方なくなる。じっと待つ客の目が痛々しく突き刺さるのだ。別に怒り狂ってる訳でもあるまいが時計の針すらせかしたててくる。ア、やべ、どうしよっかな。なーんて。
「おーい。いけとる?これ、レッドフットの新装版の方と新刊のやつ。ロックキーは解除してる。他の用意は?」
「う、う、まだです〜!」
「おけ。あい、あい、2-b3-c D# E3 」
「ありがとうございます〜!」
とうとう大声でも出して助けを呼ぼうかななんて思っていた時にひょこりと一番困っていたところからスムーズに助けを差し伸べた先輩に新人アルバイトは歓喜の声をあげた。
「ってことがあったんですよ。しかもそのあとお礼言ったら『気にせんで、ややこいもんな。』って全然気にしてない感じで!」
「さすがだわ。あの子って気がきくし、気がつくし、嫌味がない上にかゆいとこに手が届く感じよね。」
「ね!しかも先輩いろんなこと詳しいからお客さんに聞かれた専門外っぽいやつもさらーっと話し続けてますし!」
「なんかね、いろんなお仕事を経験したことあるらしいわよ?聞いただけでも司書とか、美術館スタッフにデザイナーなんかも聞いたことあるわね。」
「え!先輩そんなにあたしと歳離れてませんでしたよね?」
「歳の割にいろんな仕事してるわよね。なんか、技術を積むためとかで転々としてるらしいわよ。」
「ほぇー…すごいですね。」
「見せてあげたいよ。」
「なん?」
ところ変わって狭間の街にて。つぎはぎだらけのソファの上でだらける料理人はふわふわのブランケットを被り直しながら顰めた顔をする兄役をみやった。
「聞いたよ。」
「だからなにを?」
「きみ、気がきく気がつくちょうかっけーカリスマ店員みたいな扱いになってるんだって?」
「あー、な!」
「…ロップとヒツジとカラスに帰ってくるたび甘えては褒めてもらいたがってる人とは思えない総称だよ。」
「しつれーじゃねー」
ほんの数分前、ここにいた小さき影を思い出す。「聞いて聞いて」「今の仕事さぁこんなんで」
「これこれこうこう」「うまうましかじか」「あれこれどーてー」話がまるで尽きないばかりに口を動かしては狭間の街では珍しい仕事を聞かせるときらきらと楽しそうに相槌を打つ子供たちの可愛いこと!そうして最後にこう付け加える。本題ね。
「てなことで頑張ったからほーめーて」
「うん、うん、料理人さんいつもいつもおつかれさまなの!」
「本の中のキャラクターとして、なんて、すごいお店だなっ。むりはしちゃだめだぞっ」
「ね……ちゃんと…ゆっくり…つかれ…やすんでね…?」
子供たちの怖いところは面倒くさい料理人の褒めて攻撃に一番ばっちりな形で答えるところ。あの3人の言葉にちょっと解釈違うなんてムッとしたこと、まるでないのだ。
「あの子たちが興味あるような仕事を選んでは短期間で色々転職してまでのガッツはかうよ。」
「褒められてるってことでえい?」
「はんぶんは。」
「やは」
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