/18ムラサキツメクサ 勤勉



〔願われた 祈られた そうして生まれた〕


一番初めは愛おしい人への明日のために。まだ見ぬ子のためとは言えなかったのは、彼がどうしたって人間性に疎かったせいかもしれない。人に興味はあるくせに関心がないので、でもそれを思えば、たしかに彼女を思って夢想した“原型”は快挙だったかもはしれない。


原型は幼い子供のようなサイズであったが、内包する技術と知恵はたしかなものであった。そも、妊婦である女に必要なのは医療とはまた少し必要とされるものは違ったのだけども、原型はたいそう“お役立ち”となった。やはり初めての子供を産み、育てることの手伝いをしてくれる信頼のおける存在があるというのは心体ともに良いものだった。


しかして原型は不要となった。科学者であり金剛に輝いた天才ではあったが、神様ではなかったゆえだ。女は死んだ。衰弱死である。子を産んだ時からその予兆は見えていたが、まるで自身の子供を生かすために全てを注いでいるかの様子で徐々に、徐々に体を壊していき死んだ。


子供は女の姉にへと預けられた。もとより姉は、科学者のことを毛嫌いしていた_____正直生前の女に対してもどうにも噛み合っていない様子は窺えたが、憎からず思っていたのだろう。自身の好奇心だけに生きる科学者が幼児を1人育てられるとは考えられない、と断じたのは間違いではない。だって彼は夫にはなれたが、父親にはいまだ慣れていなかった。その延長で原型などいらないしたのも、医療の技術と知恵を詰めた存在であるくせに妹をすっかり死なせたことで信頼を失っていたらしかった。


原型は生まれた理由を失った。壊されなかったのは、新しい理由を与えられたから。

女と彼の一番最初を繋いだ約束を叶えるために谷の底へと落ちていくその傍ら連れられ、改造を施された。何やら手足は伸びていって子供に似た形をしていた原型は大人に似た形となった。医療の真髄ばかりではなく、何やら色々と。動く病院らしく中には医療だけではない知恵が詰め込まれた。


そのあたりで子供が落ちてきた。無鉄砲は父親から遺伝したらしい子供は、ただ会いたかっただけで国も何もかも捨てて落ちてきた。無鉄砲でも子供は賢かった。幾人かの善人が寄っても、父親を沸騰とさせるあおいろの瞳で谷の底に居着いてしまったのだから、ああ、なんということだ。


原型は女の役に立つようにと。

二代目は女との約束を果たすために。


でもそれだけでは足りなかった。だって、子供が落ちてきた。

男は決して父親とは呼べない、ただの科学者だった。だから決してこれを親子の愛とは呼んではならない。


それでも願われた。祈られた。

あの子供が谷の底であったとしても、何も憂うことなく好奇だけを追えるようにと。


ちゃんとそれだけは本当だ。

そうして狭間の町のドクターが生まれたこと。

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