/16ムシトリナデシコ 未練



〔これは全て ございますのであしからず〕


魔法の国の星奏の塔の中には天使が住んでいる。それは可愛らしく美しい少女の形をしていて、凪いた瞳で人の命を数にしてしまえる暴力の歌をもってして大地を焼く兵器である。


 は少女兵器の監視役の騎士である。魔法の国の偉大なる魔女に何を、と思われるだろうが事実だ。なにせ少女_____そう、少女だ。彼女は幼すぎた。忠実なる魔女ではあったが、その見てくれの幼さ故に監視役は必要であった。


戦場に立てば彼女は瞬きのうちに歌声を轟かせる。大地は焼かれ、空からは星が降る。命じられた場所を灰燼にするのが彼女の役目で、果たすまで歌声を響かせ続ける。


産声からして才覚溢れる魔女だったという彼女だが、やはりとして、万能無敵ではない。そも、そうであれば科学の国はとうに手中に落ちている。活動限界が来れば彼女はくたりとして、細い息で倒れ臥すのだ。そうなった彼女を運ぶのが監視役の勤めのひとつである。


目が覚めた彼女が何かを話すことはない。少女兵器は少女兵器らしく、破壊をうたうときでしか声を発することがないのだ。けれど、その時に、子どもらしく微笑む姿があった。








_____そういうものに憧れていたのかもしれない。でもそんなもの、コミックの中の幻想だ。

そこにいたのはただの殺戮兵器で、恐ろしい魔女で、命じられるがままに破壊をうたうもの。もしもがあったのかもしれなくても、そんなもしもは訪れなかった、だって誰もが と同じように恐れ、正しく少女を兵器として扱った。


活動限界が訪れれば事切れたように意識を失うことは多々あった。それを運ぶのは監視役の勤めであったが、そこにあるのは心配などではなく不発弾を運ぶような心地だけ。少女兵器に与えられた部屋は入ってすぐにベットがあって、だからそこにそろそろと置くとさっさと部屋から飛び出した。目覚めた瞬間など見たことはない。寝ぼけて何をされるかわからない。表情が変わった時など見たことがあるものか、だってあれはただの兵器だった。


少女兵器はただの恐怖の象徴だった。自らの敵を倒してくれるだけの恐怖。人生においてそれはずっと恐ろしいものでしかなかった、あの瞬間までは。


終戦を告げる合図が鳴り響いた瞬間存在意義を失った殺戮兵器が、魔法にはならないなんの意味もない歌をうたう姿。


ああこれが の終わりだ。天使の歌声。暴力なんてとんでもない。やわらかに死を告げる歌声で満足を得て、この瞬間死ぬことに、なんの執着も抱くことすらなかった。あれほど恐ろしかったはずの死は確かに痛みと苦しみを持って襲いかかっているのに、微睡のように穏やかに、ただやんわりと瞼を閉じた。









目の前で事きれた自分の監視役であった騎士を前に、少女兵器はなんの感情も称えない瞳を向けていた。何やら満足そうに瞼を閉じたその姿は幸福のようにも見える。


幸福とはなんだ?少女兵器の声に応えるものは今日もいない。

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