/2 フウセントウワタ 楽しい生活
〔ちゃんと僕らは幸せだ
そうでなければ笑顔なんて浮かべれない〕
上空を仰げば分厚い
いつだって空は
この世界はとうの昔に退廃した、らしい。
生まれた時から“そう”だったので、退廃していない世界なんて知らない彼彼女たちにとっては結局“らしい”だけだったのだけれど。
兎にも角にも。昔々と語るほどにはかつてに世界は退廃した。
“偉大なる原初の
昔々のそのまた昔と御伽噺みたいに語られるばかりの過去が後世に伝わった時、1番初めと同じ形を持っている事は珍しい。あり得ない。例に漏れず、やはり“それ”もそうだった。
御伽噺の延長線上に住まう唯一無二が自分達だと語り継がれていた。偉大なる祝福、守護。そう語り継がられ、誰もが疑うことなく信じたのも仕方ない。
国の外に一面と広がるまるで何もなくぬりつぶされたみたいな大地を見渡した果てにあるのは地平線。語り継がれた過去が複数形をしていなかったのも悪い。
まさかその地平線の向こうに自分達ではない生き残りの末裔の他の国があるだなんて誰も考えもしなかった。
大地の形を著しく変える星ごと震えた大きな大きな地震があった。祝福に守られた国は崩壊こそしなかったが、国を抱いた大地が形を変えまるで流されたように国の場所を変えた。
別に国の場所が変わったところで、国があるならば今まで通りの筈だった。しかし唯一無二と信じられていた国は、もうひとつあった。唯一無二ではなかったのだ。
まるで異なる文明文化を築いた横たわるありえざる国。自分達と同じように祝福に守護されたもうひとつ。
それが発覚したと同時に戦争の火蓋は切って落とされた。無限を内包する有限を増やしたいとか、戦争なんて結局そういう理由で始まる。
それから戦争は100年以上続く。
この世界はとうに退廃した。
退廃世界の呼び名に相応しい代表作といえば空に違いない。かつては美しく彩りを変えたはずの空は最早見る影もない。
神様とやらはいなくなって尚今もまだ人間を許していないのかもしれない。怒りか、嘆きか、悲しみか、恨みか、知らないけれど。世界が退廃しても、優しい恵みなど与えなかった。
世界が退廃した後、空に一面に隙間なく広がる灰煙色の雲が台頭した。毎日、毎日、時折蠢くだけの変わり映えなく、いっそ見通しがいいまでにはつまらない光景。
分厚く空の全てを覆う灰煙色の雲には役割があった。風を吹きさらし、雨を降らし、雪を落とし、雷を轟かせる。そして世界の全てを毒で覆う、そう言う役割が。
灰煙色の雲は毒でできている。人間を汚染し体内に蓄積し、やがて死にすら至る病を発症させる毒を孕んで空を埋めている。
降り注ぐ雨も覆う雪も決して、決して、恵みにはなりはしない。まるでかつて星を蝕んだ天罰とでも言わんばかりだ。
毒を溶かした爛れた雨と埃の雪を定期的に、システマチックに、思い知らせるように、降り注いだ。
だから、人々は国に引き篭もった。戦争の理由のひとつはこれに違いない。
国にいれば毒に侵されずに済むからだ。
というのも、国は“原初の遺児”の祝福によって守護されている。加護といってもいい。
あらゆる手段を用いてもいずれ体を蝕む毒は祝福の守護でだけ防ぐことができた。
“原初の遺児”の御技は正しく奇跡だ。縋りついて、守られて、引き篭る。それだけが唯一、退廃して尚脅かされる世界で生きることができる術だった。
だから皆、地平線の向こう側など知らなかった。国から一歩でも足を出せば、恩恵を受けられない。2つの国の間にある
そう_____昨今問題にされている狭間の街。2つの国のどちらの領土でもない、ただ間にあるだけの谷の底。国でない場所は祝福は守護の範囲対象外、当たり前だ。
谷の底で無秩序で複雑に組み上げられたガラクタたちの集合体は立体的な迷路のように入り組んでいた。
その隙間に小さく覗く灰煙色をノスタルジックな心地で見上げていた、少年と青年の間にあるような男の背中から腰あたりに突如として遠慮のない衝撃が走る。
かろうじて言葉を飲み込み振り返ると几帳面に高さを揃えて結ばれた、キャラメルのツインテールを揺らした少女が抱きついていた。彼と目が合うと可愛らしい悪戯が成功したことに爛漫な笑顔を向ける。
「朝だよ、朝だよ、おはよーだよリーダー!」
「はい、はい、おはよう。今日もツインテールがかわいいな。」
「そうでしょ、そうでしょ、かわいーでしょー?」
ふんふんと鼻息を荒くして自慢げに胸を張る少女に頬が緩む。まるで林檎みたいになっているまろい頬をイヤガラセにつまむと「きゃー」と嫌がったフリでくふくふ笑った。
すると慌ただしく追いついた足音とガランと金属が擦れた音がした。
「あっ、いたっ。もうっなにやってるんだよぉっ!」
踏み歩いた場所が悪かったらしくけたたましい足音を立てて走ってきた少年が、リーダーと呼ばれた彼に抱きつく少女にむっと頬を膨らませる。羊のような髪がいつもよりも毛量が多めに膨らんでいたので、本当に慌てて走ってきたらしい。
「何やってんだよっ、今日の朝飯作りの担当はお前もだろっ。寝坊したくせに急ぐぞっ」
「朝の挨拶、挨拶、大事だもんっ!」
少女の可愛らしい反論に不機嫌に眉を吊り上げたままだったが、言っていることは間違えていないと思ったらしく口元をムとさせた。それから少女にばかり気を取られていた少年がリーダーの方にへと体の向きを変えて、わっと声を張り上げた。
「リーダーおはよっ」
「うん、おはよ。」
「朝ごはんはちょっと遅れちゃう、ごめんねっ!」
「いーよいーよ、焦って怪我しないようにだけは気をつけろよー。」
ガラクタでできた街の時間なんて時計によってズレている。本当に気にしていないのでなんともないように手を振った。
「うんっ。ほらっ、早くいくぞっ。どうせキッチンでまた二度寝してるあいつのことも起こさないといけないんだからなっ。」
「うん、うん、昨日ねるのおそかったもんね!」
相変わらず正反対みたいな性格が上手に噛み合っているな、と感心しながら手を繋いで慌ただしく走っていく背中を見送る。
直ぐに次にとリーダーのもとにやってきた男は背後から体を引き寄せて肩を組んだ。同じように背後から抱きついた少女よりよっぽど強引で、足音をひそめた計画的行いに目を丸くさせる。
その顔が見たかったのだ、と。退廃世界の空の色に似た髪を持つ青年が少しばかり意地の悪い喉で鳴らした笑い声をあげた。
「やぁおはよう、リーダー?」
子供たちが純粋に秘密基地の中で呼ぶそれとは違う。揶揄い混じりの呼び方に、正しくその役割を担っているとはいえむっと眉間に皺を寄せた。
「アンタが俺のこと、そうやってずーっと呼ぶからちみっ子達もリーダーって呼ぶ様になっちゃったんだからな。」
「でも事実だろう?」
「事実だけどさ。」
「にーにって呼ばれ方、気に入ってたんだもんね?」
「別に気に入ってたわけじゃ」
「気に入らなかったのかい?」
「気に入ってたよ!」
昔から、よっぽど自分よりも自分を知っている上に口から先に生まれたみたいなこの青年に言い合いで勝てた試しなどない。当てつけみたいに頭が痛いと額を抑える。
「ははは、リーダーってば素直だね。」
「どの口が言ってるんだよ…」
一歩間違えれば器用貧乏になってしまいそうな、年不相応なほどになんでもそつなくこなしてしまう我らがリーダーの人間味溢れる隙みたいなそれに、青年はまた笑った。
その時に、ぼんっ!と、突拍子ない音があがった。爆発音にも破裂音にも似た膨らんだ音だった。
肩を跳ねさせた不恰好のまま互いに目を見合わせる。音が上がったのは、先ほどまでぐるぐる回ってはしゃいでいた子供達の向かった先だった。
ほんの少し見上げる。蒸気機関や廃墟を適当に積み上げた結果バランスが取れた、みたいなそれらが彼らの住む街だった。
そのうちひとつ、木材で枠取られた埋め込まれた小屋みたいな場所からは煙と共に可愛らしくも甲高い悲鳴があがった。
「きゃー、きゃー、お鍋が爆発しちゃった!」
「馬鹿ーーーーーっ!何やってるんだよっ、料理人さんがいない間、リーダーたちに朝ごはんを任されてたのにっ、馬鹿馬鹿っ〜!」
「うえぇぇぇ、おれまだねむたいのにぃ…」
「昨日はちゃんとねれたんじゃなかったのかよぉっ!」
「ゔゔうぅぅぅ……」
誰が誰なのかわかりやすい、漏れ出した喧騒に苦笑いした。
「あちゃあ。あれは、だめそうだね。」
「あれは、だめっぽい。」
「そろそろ誰かしらが泣きだすよ。」
「もう、泣きかけじゃね。」
「そうだね。」
「今回は何やったんだか。」
2人の予想通り騒いだ声が所々揺れていた。
膨らんだ音と薄い壁では抑えれはしない喧騒に、街の薄暗い灯りが増えていく。いくつかの窓が開いて亀みたいな格好で覗き込む者すらいる。
「完全に泣き声に変わる前に行ってやらないと。……あ、そういえば。」
本来ならば前に進むために出した一歩で振り返った。
「忘れてた。おはよう、兄さん?」
してやったり、と首しかない猫とそっくりな顔で手を振ったリーダーに青年の目が丸くなった。豆鉄砲を撃たれた鳩というのは多分こういう顔をしているのだろう。
吃驚、と体を固めた後解れた勢いで顔を手で押さえ、態とらしい聞かせるためのため息を吐く。
「………君ね。普段オレのこと兄さんだなんて呼ばないだろうに。」
「あっはっっは!アンタ、自分のこと兄役だーって自称してオニイチャンって呼んだりする癖に、いざ言われると照れるよな!」
座間身晒せ、と腹を抱えた。
兄役の額に青筋が浮かぶ。「リーダーぁ?」間伸びした声はその癖に随分と低かったが、それくらいで怯えるような肝を持っている様なら仕掛けない。
大きく開いた一歩で駆け出したリーダーに「待て!」と叱りつけた言葉が追う。
「やーだよ!そんな顔じゃロップ達に怖がられるぜオニイチャン!」
「だったら君が捕まればいい話だよ!」
少年たちはまるで青い春のような綻んだ顔で楽しげに、けたたましい足音をたてながら駆け出していった。
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