未来と機械とタイムカプセル

おんせんたまご

未来と機械とタイムカプセル

 金属がギャリギャリとこすれる音声をキャッチして、僕は目覚めた。


 僕はどれくらい眠っていたのだろう。僕はゆっくりと目を開け、辺りを見回した。僕のいたところは、赤茶けた砂利のような地面を掘ってできた穴であるようだ。砂利を拡大して見ると、僕の見たことのない鉱物が混じっているのが分かった。


 僕はおそるおそる空を見た。差し込んでくる光は、ギラギラと僕を照り付けて、痛みすら感じるほどである。空の色は、三原色の絵の具をめちゃくちゃな割合でパレットで混ぜたような色に見えた。今が昼なのか夜なのか、それすらも分からない。


 どういうことだ、僕に最初に浮かんだ感情はそれだった。ここはどこなんだろう。何かの研究室で、変な光や鉱物を使った実験をしているのだろうか。僕はその実験台に?


 そもそも、僕はなぜ眠っていたんだろう。眠る前の僕は何をしていたんだろう。頭に浮かんでくる疑問に何一つ答えられない。悪い夢なら覚めてくれと思いながら、僕は穴の外に出てみることにした。外に出れば誰か人間がいるだろうし、とにかく事情を尋ねなければ。僕は穴を這い上がった。



 外に出た僕の目に映し出されたのは、この世のものとは思えない映像だった。僕は、外の世界には植物や動物たちの住む森があり、恵みをもたらす川や海があり、人間の作った町があるのだと記憶していたのだが、それらは何もなかった。僕の目に映る範囲すべて、あの赤茶けた砂利で埋め尽くされた荒野だった。


 さらに、僕は目に強い光が当たるのを感じ、思わず目をふさいだ。この光は、僕の記憶にある。なんだったっけ。僕は必死で記憶をたどる。……そうだ。僕はこの光を何度か浴びたことがあった。これは放射線―あの人はγ線、と言っていた。放射線は、いたるところから出ているようだった。


 あの人って、誰だろう。僕がノイズのかかってしまっている記憶を何とか呼び戻そうとしていると、目を疑うような映像が、僕の眼前に広がった。


 ギャリ、ギャリ、と鋼鉄がこすれるような音とともに、何かが遠くを動いている。僕は拡大してそれを見た。それは、僕のどの記憶にもないもの―動く機械だった。それの体は明らかに金属でできていた。頭に当たる部分は、透明な球体で、中ではプラズマが発生しているように見える。鉄骨のような見た目の四肢のようなものを起用に動かして、金属音を響かせ、まるで人間の真似でもしているかのように「談笑しながら歩いて」いるのだ。しかも、それが一体ではない。大きいのが二体、小さいのが一体。人間の「家族」を想起させるようなそれを、僕の目ははっきりととらえたのだ。


 僕は混乱した。僕は今どこにいて、何を見ているんだろう。森は、川は、人間は、あの人は、どこに行ってしまったんだろう。僕は孤独のようなものを感じた。泣きたくなった。でも泣き方が分からなかった。


 僕は気持ち悪い、と思った。人間でも、生物でもないただの機械が、人間の真似事をしてる。でもすぐに、それは僕も同じだってことに気づいた。放射線にまみれたこんな世界では、生物は当然存在しえない。僕も、彼らも、機械だからこそ、この放射線に汚染されずに済んでるのだ。


 でも、それはおかしい!僕が機械なんだとしたら、僕が感情を持っているのはなぜだ?僕は何もわからない。僕は首を精一杯曲げて、自分の体を見た。さび付いた、機械の体。だが、他の機械の体とは違う。僕の体は、やつらのように鉄骨を無理やり引っ付けた無骨な体ではなかった。僕の体は、ミクロン単位で精密に計算され、研磨されてできたものだ。僕は、自分のメモリーを呼び覚ます。そう、僕は――。




「わあ、ありがとう!お父さん」


 好奇心旺盛なとある少年のもとに、一台のデジタルカメラが贈られた。メジャーなメーカーから発売された、ありきたりだがシンプルで洗練されたデザイン。そのカメラは、彼の父から彼への誕生日プレゼントだった。


 彼は科学が大好きな少年だった。彼は将来最高の科学者になるんだ!と毎日豪語しており、身の回りで好奇心をくすぐられたものを、片っ端からそのカメラに収めていった。


 そうして月日が経ち、少年は学会で名を知らぬものはいないほどの天才科学者かつ発明家になっていた。彼は様々な研究を行っていたが、どんな時でもカメラを手放さなかった。ひとたび故障すれば、その部分を最新技術で改修した。ある時は、放射線による実験を記録するために、様々な電磁波を測定する機能を付けたりもした。そうやって、彼は研究記録をそのカメラのメモリーに収め続けたのだ。


 年をとっても、彼の好奇心は留まることを知らない。だが、そんな彼にもついに限界が来た。故障しても修理すればよい機械と違って、人間は死んでしまえばそこで終わりである。


 彼はあきらめきれなかった。この先どんどん科学が発展してゆけば、未来の我々の生活は、いったいどのようなものになっているのだろう。彼は未来の世界を見たくて仕方なかった。科学技術が発展し、人間も、その他の生物も、平和で幸せに生きられる、彼がずっと夢見てきた世界を。だから彼は、その夢を、長年連れ添ってきたカメラに託すことにしたのだ。


 彼は最期の大発明に取り掛かった。残りの命すべてを使って、彼はついに、機械を長期間錆びることなく保存する技術の開発に成功したのだ。外に出されて光に当たれば自動的に充電されて映像を記録し始めるように改造したカメラを、彼は保存容器に入れた。


「これはタイムカプセルだ。いつかの未来、きっと君が、私の見たかった景色をその目に映し出してくれると信じているよ」


 彼は相棒カメラに向かって、優しくそうつぶやいた。カメラはそれを録音した後、保存容器に入れられ、そこで永い眠りについた。いつか光を浴びて目覚め、彼との約束を果たす時が来るのを夢見て。




 僕はすべてのメモリーを振り返った。そうか。僕はようやくわかった。僕はタイムカプセルに入れられて、遠い未来に来てしまったんだ。そして、僕はあの人―博士との約束を果たすことができない、と気づいた。あれから何があったのか、どうしてこんな状態になっているのか、僕にはわからない。でも、世界は放射線に汚染され、生物はどこにもおらず、僕たち機械には感情のようなものが宿ってる。それは、博士が望んでいた、科学をさらに発展させた人間が、幸せに暮らしている世界とは全く違うものだ。


 僕は自分の体をもう一度見た。自立歩行ができるように、細い腕と足を、博士がつけてくれていた。僕はそれを動かして「歩いた」。どこに向かうのか、GPSも機能しないこの世界では、自分の居場所すらわからない。また、あのギャリギャリという金属音が聞こえてきた。それは、僕が腕を振って歩くときに発している音だった。


 ごめんね、博士。僕は心の中でつぶやいた。僕の目は、途方もなく広がる赤い砂利と汚い空を記録し続ける。僕の耳は、金属音と、時折吹く風の音だけを録音し続ける。博士が希望を持っていた未来にあったのは、荒廃したディストピアだ。


 僕は未来の世界を記録しながらひたすら歩いた。こんな場所でも、博士との約束を、カメラとしての使命を果たすために。


 放射線で目が痛くなった。レンズから、廃液が零れ落ちた。


 



 

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