第116話

 敵の50メートル前で止まった俺は、ソルジャーラミアとスケルトンレディ、レッドスライムを呼び出す。


彼女達はその場で待機させ、俺に突っ込んで来る赤い奴らをそこへ放り投げる。


利き腕を脱臼したそいつらは、良いように彼女達に攻撃され、息絶える。


それをレッドスライムがどんどん処理していく。


赤く映らない奴らは、利き腕か片足を折って武器を奪う。


その間に何度か他から攻撃されるが、傷一つ負わない。


魔法が飛んで来てもノーダメージ。


回復魔法を使うヒーラーは、赤くなければその片足を折ってからリザードサージャントを呼んで、ヒールを使いそうなら首を刎ねろと脅した。


約2000居た敵兵は、物の1時間で方が付いた。


騎士達が乗っていた馬の2頭はフォレストイーグルの餌にして、残りは俺が『造作』で造った囲いの中に追い込ませる。


敵兵を殺し終わったソルジャーラミア達が、敢えて指示しなくてもそいつらの装備や所持金を回収し、それ用に呼んだゴブリンプリンセスに渡していた。


「・・化け物だ。

あんなのに勝てっこない」


城壁の上から矢をつがえていた弓兵達が、意気消沈してその弓を下ろす。


俺はそれを目にしながら、悠々と城門を潜った。



 大都市を落とした勝者が、軍勢ではなくたった1人で町内を歩くというのは、かなり異質だ。


攻撃こそ受けないが、憎しみの籠った目で俺を見る者、恐怖に震えて俺の顔すら見れない者、新たな支配者である俺に、どうやって取り入ろうか悩む者、実に様々だ。


俺に石を投げる子供が居た。


それを見た母親が青ざめている。


俺はそこまで歩き、これ見よがしに長剣を抜くと、その子供に言った。


「今から、お前の母親の首を刎ねる」


「!!!」


「これは全てお前のせいだ。

お前が考えなしに事に及んだせいで、その周囲の人が迷惑を被る。

死んだ母親に泣いて詫び続けろ」


ゆっくりと剣を振りかぶる。


「ごめ・・」


長剣の刃が、母親の首の直ぐ手前で止まる。


「冗談だ。

こんな事くらいで殺さないよ。

・・ただ、もし今後同じ事をすれば、こういう目に遭う確率は高いぞ?

皆が皆、俺みたいな奴とは限らないんだからな。

親を大事にしろよ?」


子供が頷く。


「脅して悪かった。

これはそのお詫びだ」


母親に金貨1枚を握らせる。


そこから領主屋敷まで、俺にちょっかいを出してくる奴はいなかった。



 「ここにあるのが、この屋敷内の全財産だ。

これを差し出す代わりに、家族の命だけは助けて欲しい。

私の命は差し出そう」


大きな屋敷の応接室で、ソファーに座る俺と、立って話をする領主一家。


その出口には、スケルトンレディが剣を手にして立っている。


初老に差し掛かったアルビン伯爵が、疲れ切った顔で、俺に家族の助命を乞う。


「私の身体を差し出します。

どうか父を助けてください」


20代前半くらいの女性がそう言ってくる。


「私があなたの奴隷として働きます。

だからどうか父の命だけは・・」


20代後半の男性もそう続く。


「折角だが、どちらも間に合っている。

・・ざっと見た所、全部で5億ギルくらいしかないが、町の規模や人口の割に、少な過ぎないか?」


白金貨と金貨の詰まった数個の袋を見ながら、そう尋ねる。


「トルソーやダッセーと違って、軍備に金をかけていたからな」


「それにしては弱い」


「・・・」


「父は民に重税を掛けていません。

慈善事業にも積極的でした」


「税率はどのくらいだ?」


2人目の女性、19か20くらいの娘に尋ねる。


「20パーセントです」


「人頭税は?」


「ありません」


ふむ、それなら確かに高いとは言えないな。


「あんたの妻はそこの女性だけか?」


40代の婦人を目にして尋ねる。


「そうだ。

側室や妾はいない」


貴族にしては珍しいな。


「この町に、他の貴族は?」


「私だけだ」


「帝国を裏切れるか?」


「私は無理だ。

だが息子達は・・」


「・・沙汰さたを伝える。

領主であったお前達夫婦は町から追放。

その子供の内、最低1人はここに残って貰う。

財産は全て没収。

残った1人は俺の部下として使う。

町から出る際、馬車と水、食料は十分に持たせる。

軍の中に希望者が居れば、護衛として連れて行くことを許可する。

以上だ。

・・何か質問は?」


赤く映る奴が1人もいなかったから、これ以上の制裁はしない。


「私の命を取らないのか?」


「必要ない」


「残る人は任意なのですか?

全員で残っても?」


「別に構わないが、帝国を裏切ることが条件だ」


「屋敷の使用人達はどうなりますか?」


それまで黙っていた夫人が口を挿む。


「連れて行きたい奴が居て、その本人が同意すれば、共に出て行くことを認める。

そうでない場合は、こちらで審査した後、問題なければ継続して雇用する」


夫人がほっとしたのが分った。


俺の好感度が上がったぞ。


自分達の先行きが暗い中、使用人にも気配りできるのは素晴らしい。


「・・私達2人が残ります。

兄は両親に付いて行かせてください」


眼で会話をしていた息子達3人は、娘2人が残ることに決めたらしい。


帝都に行き、もし家を復興できる機会が訪れた時、家督を継ぐ長男が一緒に居た方が良いと判断したようだ。


「確認するぞ?

俺の自治領は貴族制を採らない。

よってここに残る君達は平民となる。

帝国が攻めて来た場合、必ずこちら側に付いて、実戦には出さないが、何らかの形で戦争に協力して貰う。

本当にそれで良いんだな?」


「はい」


「それで両親が助かるなら」


ふむ。


そこの長女、君の好感度も上がった。


「ではそういう事で決着だ。

4時間やる。

別れを惜しみながら、支度を急げ」


アルビンが何か言いたそうに俺を見る。


「・・心配するな。

女性に不自由はしていない。

これでも5人の妻帯者なんだ。

娘さんに手は出さないよ」


「・・感謝する」


金貨の詰まった袋を回収し、告げる。


「屋敷内の調度品で欲しい物があれば、1人1点ずつ持ち出しを許可する。

4時間後、また戻って来るから、それまで出発を待つように」


そう言い渡して屋敷を後にした。



 再び町中を歩く。


『ガイア』は解除しているから、俺と分らない人が大半だ。


傷付いた兵達の回収や治療で忙しい兵舎。


そこに顔を出し、ヒーラー達に混じって数十人に回復魔法を掛ける。


男の俺が回復魔法を使う事に驚く奴らの顔には、もう慣れた。


市場を歩き、住宅街をざっと見て回る。


スラムはない。


慈善事業をしていたというのは本当らしい。


酒場で住民達の噂話に耳を傾けるが、今後の不安を口にする者は居ても、領主一族に対する不満を漏らす奴はいなかった。


時間通りに屋敷に戻る。


3台の馬車に、アルビン夫妻と長男、執事とメイド長、メイド2人が乗っている。


水や食料、替えの衣類を積んだ幌馬車も1台用意されている。


護衛には、先程俺が治療してやった男性を含め、12人の騎士達が付いている。


ここに残る娘達2人は、両親の馬車の側に立っていた。


「準備は出来ているようだな」


「ああ」


「これは餞別せんべつだ。

当座の費用に使うと良い」


スラムが存在しなかったこと、住民の不満がなかったことを考慮し、没収した中から金貨3000枚を返してやる。


「こんなに良いのか?」


「帯同者の数が多い。

その者達のためにも、これくらいあった方が良いだろう」


「・・お前は、一体何のために帝国と戦う?」


「始まりは、大事な人達を護るためだった。

・・じゃあ気を付けて行け。

娘達への手紙は検閲けんえつしない」


馬車がゆっくり進み出す。


娘達2人は、それが見えなくなるまで手を振っていた。

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