第114話

 「ミーナ、勉強する上で、何か困ってることあるか?」


サリーが淹れてくれた朝の珈琲を飲んでいる時、洗顔を済ませた彼女がダイニングに顔を見せたので、それとなく聴いてみる。


遠慮がちな彼女は、こちらから尋ねてあげないと、欲しい物やして欲しい事があっても、なかなか口にしない。


「・・写本用に製本された物を1冊欲しいです」


「分った。

この後一緒に王都に行くよ」


「有り難うございます!

直ぐに支度しますね」


「いや、急がなくて良いから。

ちゃんと朝食を取ってからで良いよ」


サリーがキッチンに行き、ミーナの分のパンとフルーツ、珈琲を持って来る。


「済みません。

・・他の皆さんは?」


サリーにお礼を言った彼女が、空いている席に目を遣ってから尋ねてくる。


「エレナさんは早めに出勤した。

受付嬢が2人休みを取ってるから、処理しなければならない書類が溜まっているそうだ。

ミウはミーシャと朝の散歩に出てる。

エミリーは、今日は昼から活動すると言って、まだ寝てるよ」


「サリーさんは今日どうされるのですか?」


「私はカコ村での土木作業と、ミウと一緒のダンジョン攻略が主ね。

後はちょっとした買い物くらい」


「『ゴブリンダンジョン』に飽きたら、『ゾンビダンジョン』に行ってみれば?

アンデットキラーがあるから楽勝だし」


「まだ人数分のエメラルドの杖を入手できていないので、それを達成するまでは頑張ってみます」


「あれ、かなりドロップ率が低いものな」


「ええ。

剣の練習になるので、時間の無駄にはなりませんが」


それから30分後、支度を整えたミーナを連れて王都に跳んだ。



 「写本用の物は何処で売っているか知ってる?」


借家に着いてから、ミーナに尋ねる。


「図書館でも販売しているみたいです。

・・ただ、値段がかなり高くて」


紙は珍しくないとはいえ、まだ結構な値がする。


特に製本用の白い紙は、他の倍くらいした。


「勉強のためだし、遠慮しなくて良い。

必要な分だけ揃えよう」


図書館へ行って、受付に居る司書に値段を尋ねると、1冊金貨1枚した。


ミーナに王立学院の受験用に最低何冊必要なのかを尋ね、予備を3冊足して、11冊購入する。


「済みません」


「ミーナ、これは愛する妻への先行投資なんだ。

もうそういう謝罪の言葉は要らない」


「・・・。

一旦家に帰りたいんですけど、時間は大丈夫ですか?」


「ん?

借家の方か?」


「はい」


「別に構わないぞ」


彼女に腕を組まれて、来た道を戻る。


家に着くと、ベッドのある部屋まで手を引かれ、そこで強引に服を脱がされる。


彼女自身も慌ただしく服を脱ぐと、俺を押し倒した。


「御免なさい。

今回は穏やかな行為は無理です。

時間がないので、初めから激しくしちゃいますね」


「・・何で?」


どうしていきなり俺を襲うのか?


「修さんが悪いです。

あんな所で、あのような事を言うなんて」


「別にそこまで大袈裟な言葉ではなかっただろう?」


「公共の場所ですから、私達の他にも人が居るんです。

あなたの言葉を耳にして、残念そうな顔をした女性が数名居ました。

・・修さんを狙っていたんだと思います」


「気のせいじゃ・・」


「いいえ、確かです!

これから私の匂いを沢山つけて、修さんの身を護らないと、サリーさん達に顔向けができません」


「そういうミーナの方はどうなんだ?

1人で自習してて、変な男は寄って来ないのか?」


「多い時は4、5人に声をかけられますが、このリングを見せれば大体は引き下がってくれます」


左手を掲げながら、得意そうにそう口にする。


俺の上で身体を反転させた彼女は、俺の物を口に含むとねっとりと舌を絡めた。



 「これを渡しておく」


行為が済んで、狭い浴室で一緒に汗を流した後、身だしなみを整えたミーナの前に、金貨100枚を入れた小袋を置く。


「中に入っているお金は、全部好きに使って良い。

足りなくなったらまた補充するから」


「・・金貨が沢山入ってます」


「勉強道具もそうだが、女の子には色々と必要な物があるだろう。

昼食だって、節約なんてしなくて良いからちゃんと取ってくれよ?」


「・・・」


「それから、今から買い物に行く。

服を買ってあげるから」


「え?

・・この恰好だとまずいですか?」


「王都でなければ問題ないだろうが、町の若い娘はもっとおしゃれしてるだろ?

ミーナもそういう服を幾つか持っていた方が良い」


「でも私だけにそんな・・」


「安心しろ。

5人全員に揃えるから」


「・・有り難うございます」


「さ、行くぞ」


「はい」



 町を歩き回って、老舗しにせらしい大店おおだなへと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ。

・・失礼ですが、どちらのお家の方でしょうか?」


若い男性店員が、俺達の恰好を見てそう尋ねてくる。


俺はいつもの冒険者スタイルだし、ミーナも平民が着るような平服だから、ある意味仕方ない。


この店、どう考えても金持ち専用だろうし。


「貴族でもないし、王都に家も構えていないが、やはりまずかったか?」


「大変申し訳ありません。

当店は貴族様専用の商いをしておりまして、平民の方々には・・」


「やはりそうか。

済まなかったな」


ミーナに恥をかかせたみたいで後味の悪さを感じつつ、店を出ようとする。


「そこのあなた、今直ぐその方々に謝罪なさい。

王室御用達を外されますよ?」


いきなりそう声をかけられた店員は、店の奥から買い物袋を下げて歩いて来る女性を見て、深く腰を折る。


「これはレミア様。

こちらの方々とお知り合いでしょうか?」


「ええ。

そちらの男性とね」


そう言いつつ、彼女は俺と目を合わせてにっこりと笑う。


「そこの彼は、貴族でこそないけれど、れっきとした領主よ。

必要なら、陛下ですら頭を下げるくらいのね」


「!!!」


「悪い事は言わないわ。

直ぐに謝罪して奥に通しなさい」


「大変申し訳ありませんでした。

心よりお詫び致します。

どうぞ奥へ」


「どうかしたの?」


奥の方から、更に30代くらいの女性が姿を現す。


色気のある人で、上品で落ち着いた感じの服装をしている。


「マイアさん。

・・ある意味仕方ないことだけど、そこの彼が、そちらの方々にちょっとした無礼を働いたの。

こじれたら国際問題になるようなね」


「本当なの?」


その女性が店員を見る。


「申し訳ありません!」


「・・いや、そんな大した事ではない。

貴族以外は駄目だなんて知らなかったから、つい店に入ってしまった。

もう帰るから彼を責めないでくれ」


「お待ちください!

レミアさんの仰ることが本当であれば、このままお帰しする訳には参りません。

どうか奥へ。

心からお詫び申し上げます」


「いや、別にそういうのは必要ないんだけど」


「どうか奥へ!」


「・・どうする?」


隣のミーナに尋ねてみる。


「ああ言ってくださっているのですから、お言葉に甘えましょう」


「分った。

じゃあそうするか」


女性が明らかにほっとした。


「では私はこれで。

・・今度また、訓練に付き合ってくれると嬉しいわ」


レミアさんは俺にそう言うと、迎えの馬車に乗り込んで行った。



 「お客様、先程は当店の従業員が大変失礼致しました。

私は当店の主、マイアと申します。

お詫びを兼ねて、こちらのお嬢様にお好きな服をプレゼントさせていただきます」


奥に通された俺達は、お洒落な服やドレスが並ぶ大部屋で、店主である女性からそう謝罪された。


「応対に当たった彼はきちんとした言葉遣いだったし、その表情や仕種も不快なものではなかった。

貴族専用の店に普段着で訪れたこちらにも非がある訳だし、プレゼントとかはしなくて結構です」


向こうの世界でも、例えばフレンチの名店にジーパンや運動靴で入れば、ドレスコードに引っかかる。


自分でその店のルールを破っておきながら、それに文句をつけるのは、さもしい人間のすることだ。


「・・お客様のお名前をお聴きしても宜しいでしょうか?」


女性の表情に、嬉しさのようなものが混じる。


俺の考えがきちんと伝わったみたいだ。


「西園寺修です。

こちらは妻の1人であるミーナ」


「西園寺様・・。

やはり名字をお持ちなのですね。

その品格といい、当店にお迎えできたことを誇りに思います」


美人で色気のある人だから、微笑むだけで様になる。


「では、早速当店の品をご案内致します。

本日はどのような服をお探しですか?」

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