第101話
エミリーが眠りに就いた後、浴室で身体を洗い、久々に【ログアウト】する。
向こうでは何日も経っているはずなのに、こちらへ戻ると夕食用に買った弁当がまだほんのり温かくて、相変わらず違和感が凄い。
向こうでも入浴したばかりだが、こちらはこちらで入る必要があるから、手早く済ませる。
こちらでは普通の広さである浴室も、向こうと比べるとかなり貧相に映るから、長く入る気になれない。
向こうではサリー達が身体を全て洗ってくれるので、自分で洗うのも久し振りな気がする。
気を付けないと、どんどん怠惰になりそうで怖い。
課題が出ていたので、それをやり始めたが、何だかいつもより簡単に感じる。
睡眠のためにベッドを使うのも随分と久し振りな気がして、いつもより早く眠りに就いた。
「西園寺君、おはようございます」
「おはよう、源さん」
昨日早めに寝た俺もそうだが、源さんも、いつもより登校時間が15分も早い。
「今日は早いね」
「これから毎朝、この時間に来ようと考えています。
・・頼みたい事があるので、第1資料室に付き合ってくれませんか?」
何気なくそう言ってくるが、若干顔が赤い。
「何かの調べものかな?
分った。
手伝うよ」
俺が席を立つと、2人とも無言で移動する。
中に入って鍵を閉めると、彼女が俺にお願いしてくる。
「・・西園寺君の方から、私にキスしてくれませんか?」
「念のために確認するけど、俺達、まだ付き合っていないよね?」
友達から始めようと言ったばかりだし、俺だけがその気でいたら恥ずかしい。
「!!!
・・私は、疾うにそのつもりでした」
源さんが姿勢を正し、表情を引き締める。
「西園寺君、私と結婚を前提にお付き合いしてください!
あなたにキスをしてから、そればかりが頭に浮かんで、もう我慢できません。
友達はスルーして、恋人として付き合いたいです」
「本当に俺で良いの?
今そこまで決めてしまって大丈夫?」
「私が愛する男性は、家族を除けばあなただけ。
身体を重ねるという意味では、西園寺君以外には考えられない。
以前にも言いましたが、何でもしてあげます。
どんな望みも、できる限り叶えます。
私が1番であるなら、他に女性を囲っても許します。
ですから、どうかお願いします」
「源さんの実家って、恐らく、あの『オリジン』グループなんだよね?
こんな大事なこと、ご両親に確認を取らなくても平気なの?」
「既に了承を得ています。
問題ありません。
それに、たとえ駄目と言われても、この件については絶対に従いませんから」
「俺、独占欲が強いみたいだから、1度付き合い出したら君を放さないよ?」
「望む所です。
私だって絶対にあなたを放さない。
死ぬまで、いいえ、死んでからも一緒にいます」
「・・分った。
これから宜しく」
「はい!!」
「ただ、学校では内緒にしてくれないかな?
他の男子から目の敵にされる」
「フフッ、仕方ないですね。
西園寺君が私の視界内で他の女性とイチャイチャしなければ、なるべく我慢します。
でもその代わり、毎朝ここでキスしてくださいね」
彼女が両手を広げる。
「ん?」
「今日の分」
源さんの腰を抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。
透かさず彼女も俺の首に両腕を回してくる。
「・・ん、・・んん、・・ああっ」
源さんの口内に差し入れた舌で、絡め合うのは勿論、舌の裏側や歯茎までなぞり、負けじとこちらに侵入してくる彼女の舌を吸い、唾液でコーティングする。
吐息が混ざり合い、唾液を交換し合い、彼女の豊かな胸を自身の胸板で押し潰す。
首に絡んでいた彼女の右腕が、トントンと、軽く背中を叩いてくる。
「どうかした?」
お互いの唇を繋ぐ唾液の橋が崩落したのを残念に思いながら、そう尋ねる。
「御免なさい。
今日はショーツの替えを持っていないから・・」
真っ赤になって、もじもじしている。
「こちらこそ御免。
少しやり過ぎてしまった」
「西園寺君、上手過ぎ。
誰かと練習でもしているの?」
ハンカチで口許を拭きながら、何でもないように尋ねてくる。
「まさか。
俺にそんな相手がいる訳ないでしょ?
ボッチ歴9年だよ?
以前読んだエロ本で勉強しただけ」
「それ、今度私にも見せてくれますか?
西園寺君の性癖を学ぶ良い教材になりそう」
「勘弁してください。
今日にでも処分しようと考えていたので」
「別にエロ本くらい気にしませんよ?
高校生なら誰でも読むのではないですか?」
「源さんも!?」
「私のおかずは西園寺君の写真集です。
・・内緒ですよ?」
「え!?
そんな物があるなんて聞いてませんけど!?」
「当然です。
自費出版の非売品ですから」
「・・・」
「家に遊びに来てくれたら、見せてあげますよ?」
目で誘われているような気がする。
「・・それはもう少し経ってからね」
予鈴が鳴る。
「またお昼に・・」
慌てず走らず、教室まで戻った。
それは体育の授業でグラウンドを走っている時だった。
この学校、『エターナルオリジンハイスクール』は、都心に在りながらも、直線で100メートル走ができるほどに運動場が広い。
野球部やサッカー部は、其々専用のグラウンドを別に持っている。
因みに、体育の授業は男女別で行われる。
3人1組で100メートルのタイムを計っている時、あまり目立ちたくない俺は、普段通りに7割くらいの力で走ろうとした。
だが、それにも拘らず、まるでオリンピックの金メダリスト並みの速度が出た。
周囲が止まったように見える。
反射的にまずいと考えた俺は、ゴール手前で派手に転んでごまかそうとした。
その結果、本来なら
担当教師が慌てて駆けつけ、あれこれ心配してくれたが、何処にも異常は見当たらないのでほっとしていた。
何かがおかしい。
普通ならこんな事は有り得ない。
そう言えば、昨夜も課題が楽に解けた。
問題を見ただけで、その解法が頭に浮かんだ。
考えてもいないのにだ。
ふと、ゲームを始めた際の、運営側の説明を思い出す。
『あなたの人生や価値観を劇的に変えてしまう恐れがございます』
『あなたの身体に重大な支障をきたす恐れがございます』
・・はは、まさかな。
この時は、まだそこまで重く考えなかった。
「今度デートしてくれませんか?」
昼食時、個室の対面に座る源さんが、そう口にする。
「別に良いけど、俺と違って君は忙しいんじゃないの?」
「あなたの為なら幾らでも時間を作ります。
「そちらで決めてくれて構わないよ。
俺の方は、特にこれと言って予定はないから」
「分りました。
では後程メールでお知らせしますね」
「了解」
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