第95話

 俺が新しい町で兵士達に喧嘩を売る最大の理由は、その町の浄化にある。


重犯罪者を野放しにしていると、必ずその町が劣化する。


『悪貨は良貨を駆逐する』ではないが、悪い奴は確実に善人に害を及ぼす。


特にそれが兵士の場合、戦場での殺人行為に慣れたり、心が病んだ者が多いから、より悲惨で残虐な犯罪に走る傾向が強い。


同じ兵士でも、大事な人を護るためにしか戦わない者と、趣味や快楽のために率先して人を殺す者とでは、俺の中で、人間としての価値がまるで違う。


因みに、向こうの世界の刑法は、過去に比べて確実に退化している。


本来は罪人を裁くためだけにあるシンプルな法律が、学者の研究対象と化してしまったがために、やたら刑を細分化して、過去の判例に対して刑が重過ぎるだの、当事者とは全く無関係の第三者(裁判官)の恣意的意思が過分に入ったりして、被害者や遺族の気持ちなどまるで考慮しない状態になっている。


検察が求刑した懲役年数を丸々認めず、ほぼ必ず2,3年少なくすることからもそれが分る。


慣習というやつなのだろう。


罪なき人を殺した刑罰が懲役6年とか、よくそれで人の命は何より重いとか言えるねと、ある意味感心する。


更には、政治家に対する企業献金の結果や、政府の経済優先の意向もあって、同じ人殺しのはずなのに、刑の重さが遥かに違うものもある。


日本の交通犯罪がその典型例だろう。


動機の意味でも、車に乗る時、『もしかしたら不注意で人をいてしまうかもしれない』という未必の故意に近いものがありながら、その利便性のみを重視して、車で人を殺した場合のみ、量刑が極端に軽くなっている。


酷い時には、100万円以下の罰金で済んでしまうこともある。


だから頭の良い奴は、ナイフや銃ではなく、車で人を殺す。


危険運転致死傷罪が刑法に加わるまでに、多くの遺族が涙をらし、相当な時間を費やして、その理不尽さを世に訴えた。


自動車業界に遠慮する政治家と、『成熟性』という言葉でかわす司法に失望しながら、それでも彼らが諦めなかったからこそ今がある。


大体、被害者や遺族には、相手の動機や過失など全く関係がない。


自身の非道な行いや、煽りがあれば別だが、加害者の生い立ちや生活環境を考慮してやるいわれなどないのだ。


その結果が全てのはずだ。


そんなものを考慮に入れたら、現時点でそういった境遇で暮らす者を隔離しないといけない。


何かした時優遇されるなら、その分の不利益も受け入れろと言いたい。


事件や事故によって大黒柱を失った遺族は、そんな判決を受けても、自分達で新たに民事裁判を起こして犯人に損害賠償を求めない限り、国からは300万くらいの給付金しか出ない。


近年、それが3倍くらいになりはしたが、普通の大卒サラリーマンの生涯給与が2億数千万であることを考えると、残された遺族のその後の辛さが理解できるはずだ。


罪人に情けを掛けるのは、その被害者を救済してからの話。


大切な人を失った人達が、多大な精神的苦痛の他に相当な経済苦にあえいでいるのに、それをほったらかしにして、犯罪者のその後の更生ばかり語るなと、声を大にして言いたい。


死刑を廃止したいなら、そいつらのその後の莫大な管理費用を出す覚悟で口にしろ。


少なくとも、俺はびた一文払いたくない。


・・大分話が逸れたが、この世界は実にシンプルで良い。


戦場でなら、殺したい理由があれば好きに相手を処分できる。


たとえ俺自身に恨みは無くても、彼らに殺されたり犯されたりした人達に代わって、この俺がその力を振るう。


町中でなら、人気ひとけのない場所で挑発して、先に剣を抜かせれば済む。


向こうの世界なら最大のネックとなる死体処理も、この世界でなら、レッドスライムが人知れず全て行ってくれる。


・・俺は別に、正義のヒーローを気取っている訳ではない。


ただ、俺と同じ様な目に遭う人を、少しでも減らしたいだけ。


平凡でも、それなりに幸せに暮らし、大切な人達の帰りを待ち続ける日々。


そんなささやかな生活さえ、ある日突然に許されなくなり、そしてそれに対して復讐どころか文句すら言えない。


それは、理不尽というより地獄に近かった。


身に纏う『ガイア』が漆黒なのは、俺が正義の勇者ではなく、地獄の死神だからかもしれない。



 ダッセーにとって幸運だったのは、彼が小悪党の部類だったことだ。


真っ赤に映る奴なら容赦なく殺したのに、色が付いていなかった。


大方、税金を過大に徴収したり、権力で住民に言う事を聞かせてきたに過ぎない小物なのだろう。


戦いが終わった時、大地に横たわる百数十の死体の中に、彼を含めることはできなかった。


レッドスライムを呼び出し、それらの死体を処理させると共に、ソルジャーラミアとゴブリンプリンセス、リザードサージャントをも呼んで、死者の装備品や所持金を回収させる。


手加減した生存者達を町に帰らせ、ダッセーだけはロープで縛って連行する。


領主屋敷に戻ると、玄関前に、戦況を心配していた彼の家族が並んでいた。


妻らしき夫人と、息子や娘達4人。


そいつらは、俺の無事な姿、ロープで縛られたダッセーを見て、1人を除き、飛び上がらんばかりに驚いた。


彼らが生存していることからも分る通り、これらの人物達も、赤くは映らなかった。


善人と呼べる青でもない。


そいつらを見ながら俺は言う。


「今からこの町は俺の管理下に入る。

ダッセーは町外に追放。

お前達も、彼に付いて行きたいのなら好きにしろ。

但し、この町に残るつもりなら、俺の部下として使う」


「そんな理不尽な事が通る訳ないわ」


夫人が文句を言ったが、俺の一睨みで黙らせる。


「俺が勝者で、俺が征服した以上、俺の考えのみが、ここでの法になる。

お前も追放だ」


「・・・」


「出て行く際は、十分な食料と水以外、1人当たり金貨1枚しか持たせない。

ごまかそうとしても直ぐにバレるからな。

そうしたら、その1枚も没収だ。

希望者が居れば、護衛を付けても構わない。

何か質問は?」


「あなたの部下になった際の待遇は?」


息子の1人が手を挙げてそう口にする。


「能力次第だな。

無能なら、平民の下でこき使う」


「安全は保障してくださりますの?」


娘の1人がそう続く。


「俺に逆らわなければ、不正をしない限り、何の危害も加えない」


4人の子供達が相談を始める。


「最後に1つだけ。

帝国軍が攻めて来た場合、ここは戦場になりますか?」


「現時点ではそうなるな」


「私は出て行きます」


「俺も」


「私も」


娘2人と息子1人が直ぐにそう返事した。


「僕はここに残ります」


そう口にした息子の1人を、他の家族が信じられないような目で見る。


「能力を示せば、適正な地位と職を与えてくださる。

そう考えて宜しいのですよね?」


「勿論」


「宜しくお願いします」


そいつは俺に向かって頭を下げた。



 1時間後、2台の馬車に沢山の水と食料を積んで、ダッセー一家がゼオの町を去ってゆく。


護衛の騎士は、志願した7名だけだ。


それを俺と共に見送ったダッセーの息子の1人、アンドレは、『う~ん』と伸びをする。


「これでやっと清々した」


「家族が嫌いだったのか?」


「好きではなかったですね。

無能の集まりでしたし、皆自分のこと以外には興味がない連中でしたから。

・・それに、兄がいたから、このままでは冷や飯食い確定だったので」


______________________________________


氏名 アンドレ・ゼオ(19)


パーソナルデータ 力J 体力J 精神I 器用I 敏捷K 魔法耐性J


スキル 事務管理I 事務処理H


魔法 生活魔法J  


ジョブ 無職


______________________________________


察するに、体よく仕事を押し付けられていた感じかな。


領主の執務室に彼を連れて行き、椅子に座ったところでメイドがお茶を運んで来る。


「どうぞ」


17くらいに見える、品の良いだ。


「ご紹介します。

この娘は僕の恋人で、セレンと言います。

それでお願いなのですが、このセレンを僕に付けていただけないでしょうか?」


「メイドとしてか?」


「いえ、補佐的な感じで」


・・ふむ。


『事務処理』Jを持ってはいるな。


「良いだろう。

アンドレ、お前には、取り敢えずこの町の領主代理を任せる。

当面は、俺が指示したこと以外、町の治安維持に努めろ」


「僕を領主代理に!?」


「そうだ。

お前はかなり抜け目が無い。

他の家族が知らなかった情報を得ていただろう?」


「・・バレていましたか。

僕は、あなたが第3皇子の遠征軍をたった1人で止めた事を知っていました。

この町を通過した敗残兵の何人かに金を握らせて、その情報を聴き出したんです。

だからこそ、ここが戦場になったとしても大丈夫だと踏みました」


「給与の話をする。

お前は月に金貨2枚、そこのセレンは1枚。

働きに応じて増やすこともあるし、特別手当も支給する。

休みは状況に応じて好きに取れ。

金庫は空だから、当座の資金として金貨100枚と、屋敷から没収した美術品を全て返す。

売却して運営資金に充てろ」


「分りました。

有り難うございます」


「私が金貨1枚ですか?

多過ぎませんでしょうか?」


「領主代理補佐だからな。

それに、好きな女性が側に居ると、男は何倍も働くようになる。

しっかりとアンドレの尻を叩け」


「フフッ、分りました」


「町の税率は年15パーセント。

奴隷制と貴族制の廃止、町から移住した者の家屋の管理、騎士団の、身分を保証した上での衛兵化。

直ぐに手を付けるのはこれだけだ。

負傷した騎士達は、明日にでも治療する」


それだけを指示して、直ぐにゼルフィードに戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る