第92話

 満足したエレナさんが、朝までの短い眠りに就いたのを見計らい、浴室で身体を洗ってダロンの町に跳ぶ。


移動を再開し、まだ閉門している町を迂回するため、夜明け前の森林を進む。


ここでも倒す魔物を選別し、金色の点だけ網羅して、どんどん先へ進む。


ソルジャーラミアとゴブリンプリンセスを以前の場所から呼び戻し、再度ここに放した。


ソルジャーラミアが俺の為に用意した貢物は、『アイテムボックス』を持つゴブリンプリンセス(SSR)が回収しており、【アイテムボックス】の中に素材(食料)になる魔物の死体が合わせて二十数個増えていた。


森林を抜けてから幾つかの村を過ぎ、1時間くらいで3つ目の町が見えてくる。


門番曰く、侯爵が治める『アゼス』という町で、人口は約50万だそうだ。


少しそそられたが、今は王都まで進むことを優先し、また迂回した。


町の側には、大抵森林が在る。


規模の差こそあれ、町の住民が物資を採取するのに欠かせないからだ。


迂回する際、敢えて森林を通らずとも、進める場所はあるのだが、未知の土地を行くのなら、そこで何かを得たいというのが心情だ。


そんな森をまたしても通過し、素材となる魔物を倒しながら、金色の点を回収し尽くす。


その途中でエレナさんから『念話』が届いた。


『修君、おはよう。

今から出勤するね』


しまった。


もうそんな時間か。


『済みません。

探索に夢中になってしまって』


『気にしないで。

もう朝の見送りはしなくても大丈夫だから。

こうして会話ができるから、修君が今どうしているのか心配せずに済むしね』


『本当にそれで良いんですか?』


『その分、夜の営みの時に沢山愛してくれれば平気』


『分りました。

有り難うございます』


『じゃあ行ってきます』


やはり『念話』は便利で良い。


なるべく早く、他の皆にも覚えて貰おう。


『名称:リザードサージャント

ランク:I

素材価値:なし』


前方に見た事のない魔物が出て来る。


ランクからして、この森のボス級だろうか?


一応テイムを試みると、意外にあっさりと軍門に下った。


ミウと造る約束をしたダンジョンを護らせる兵として、従魔の数はある程度確保しておきたい。


どれでも良い訳ではないが、希少性が高かったり、見た目が気に入れば、積極的に増やすことにしている。


森を抜けると、そろそろ商人との約束の時間だ。


転移魔法陣を仮設置して、ゼルフィードに戻った。



 「これで荷物は全てなんだな?」


「はい」


「この荷馬車は必要ない。

荷物だけ預かる」


渡された商品リストで1つ1つ品物を確認しながら、【アイテムボックス】に終っていく。


「・・これだけの量を全部」


商人が驚いた顔をする。


大きいとはいえ、高が荷馬車1つ分だ。


そんなに驚く方がおかしい。


「あの、お尋ねしますが、あとどのくらい入りそうなのですか?」


「【アイテムボックス】にか?」


「ええ」


「正確には分らないが、あんたの屋敷なら全部入る」


「!!!」


「この品を全て王都の『グラン商会』に運んで、そこの会長からサインと代金を貰ってくれば良いんだな?」


「はい、そうです。

宜しくお願い致します」


気のせいか、更に対応が丁寧になった。


「では行ってくる」


自宅に戻り、朝まで居た場所に跳んだ。



 幾つもの村を通過して、3時間後、到頭リンドル王国の王都、リアドに着く。


ゼルフィードで最初に会った門番の人は、『王都はここの倍以上の広さ』だと言っていたが、ざっと見る限り、そんな物では足りないくらいの大きさがある。


3倍はあるんじゃないだろうか。


身分証を見せた門番の人に尋ねると、人口は約200万いるそうだ。


城壁の内部も、王都だけあってそれなりに奇麗で、歴史ある建物が多い。


市場や商店の並ぶ場所は、凄く活気がある。


道もきちんと整備されていて、馬車が擦れ違っても人が余裕を持って歩ける。


商人から渡された簡単な地図を見ながら、目的の『グラン商会』を探す。


町が広いので2時間くらい歩いたが、意外と簡単に見つけられた。


何と言うか、周囲の店とは格が違う。


明らかに王室御用達だろう。


入り口で守衛さんに用件を伝えると、直ぐに取り次いでくれる。


40代くらいの男性が出て来て、更に詳しい説明を求められた。


「・・それで、『ヤギン商会』から運ばれて来た品物はどちらに?」


「【アイテムボックス】の中に全部入っています」


「・・こちらにどうぞ」


一旦外に出て、隣接する巨大倉庫に案内される。


その過程で、護衛と思われる兵士が10名程一緒に付いて来た。


「ここにお出しください」


空いているスペースを示されたので、その場に、預かった品を全て出す。


男性は一瞬だけ目をみはると、直ぐに検品を始めた。


「・・確かに。

会長がサインし、代金をお支払いしますので、お手数ですが、再度こちらに・・」


自分が先頭に立って、俺を本館内にある重厚な扉の前まで案内してくれる。


彼がノックをして名前と用件を告げると、部屋の中から入室を許可する声がする。


中に入ると、2人の護衛に護られた、初老の男性が俺を見つめた。


「初めて見る顔だね。

『ヤギン商会』の幹部にしては随分と若いな」


「俺は一介の冒険者で、商会の関係者ではありません」


「商会の人間でもないのに、この額の輸送をたった1人で?

・・余程信頼されているのだね」


「懇意にしている貴族からの保証がありましたので」


「成程。

今回は随分と荷の到着が早いが、一体どうやってここまで来たのかね?」


「走って来ました」


「・・・。

手の内は晒さないという訳か。

君、良かったらうちと契約しないかね?

それなりの金額を用意するが」


「有難いお話ではありますが、俺も何かと忙しいのでお断りします」


「残念だ。

君の名を教えてくれないか?

もしかしたら、指名依頼を行うことがあるかもしれない」


「西園寺修です」


「君、貴族なのかね?

品があるとは思ったが・・」


「平民です。

名字があるのは、遥か異国の名残で・・」


「益々興味深い。

・・待たせて悪かった。

サインと、これが代金だ」


確認の上、【アイテムボックス】に入れる。


「有難うございました」


「君の名は、しっかりと覚えておくよ」


会長のグランさんは、そう言って意味ありげに笑った。



 商会を出た後、折角王都に来たのだからと、暫く町中を歩く。


市場や商店の立ち並ぶ場所を過ぎると、神殿や騎士団の本部などが見え始め、その中に図書館が存在した。


中に入って受付の司書に尋ねると、銀貨1枚で誰でも利用できるらしい。


但し、退館する際に本の持ち出しがバレると、金貨5枚を支払うか、牢屋行きだそうだ。


其々の本には特殊な魔法が掛かっていて、館外に持ち出そうとすると反応するからと念を押された。


因みに、館内で自由に読める本なら、写本は構わないそうだ。


入館料を支払い、蔵書を見て回る。


3階建ての建物の壁際に、ぎっしりと書棚が並んでおり、真ん中のスペースにはテーブルと椅子が置いてあって、閲覧時に使用できるようになっている。


向こうの世界の区立図書館と比べても、遥かに大きく、広い。


もしここにミーナを連れて来てやったら、きっと喜ぶだろう。


彼女は本当に勉強が好きだ。


退館時、何気なく壁の張り紙を見たら、王立学院の入学試験のお知らせだった。



 王都に設置する転移魔法陣の場所に悩む。


これだけ広いと、城壁の外に作ったら、町内を走って移動する訳にはいかないから、街中に来るだけでも数時間掛かる。


仕方なく、不動産屋に顔を出す。


どんな物件でも良いから購入しようと考えていたら、運よく小さな家の貸し出しがあった。


売却物件は、畑があるような郊外でないと、滅多に出ないそうだ。


30坪くらいの2階建てで、家賃は月に6000ゴールド。


ゼルフィードなら、宿に泊まりながらでも、1箇月分の生活費に相当する。


少し高いが、図書館までの距離が歩いて30分くらいなので、ここを借りることにした。


1年分の家賃を前払いすると、直ぐに鍵を渡してくれたので、地図を見ながらそこに行く。


外観は平凡でも、中は意外と奇麗で使い易い。


1階には簡単なキッチンと食事スペース、浴室、トイレがあり、2階部分に部屋が3つと物置がある。


部屋の1つに『斧』を代償にした転移魔法陣を作成し、ゼルフィードに戻った。

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