第89話

 カコ村に跳んで3回目のお湯張りをした後、オルトナ大森林に入る。


サリーを連れて行くのは以前攻略したゴブリンエンペラーがボスのダンジョンに決めているので、少し悩んだが、ここで使用している転移魔法陣をそこに移すべく、後戻りした。


その過程で見つけた魔物は、相手の強さに拘らず、短剣で倒していく。


設置し直した後に、ここの探索用にもう1つか2つ転移魔法陣を作るために、その代償となるスキルを得なければならない。


『短剣』のスキルは1度使っているから、再びそれを習得するためには倍の経験値が必要になる。


ただ、スキルに因るバフは得られなくても、短剣を使った攻撃自体は身体が覚えているので、前回より楽に動ける。


質より数で魔物を倒したから、お目当てのダンジョンに到着するまで結構時間が掛かったが、何とか浴室での訓練時間に間に合わせた。


名前がないのは不便なので、今後このダンジョンを『ゴブリンダンジョン』と呼ぶことにする。


転移魔法陣を設置して、急いで家に帰る。


サリーも既に起きていて、いつも通り6人全員で訓練を開始する。


皆が訓練に慣れてきたので、中に放った人も意識が戻れば再度循環の輪に加わることが増え、各自に放つのは1回だけだが、どんどん訓練の中身が充実していく。


訓練から通常の入浴へと移行し、女性達が浴室で並んで身体を洗う光景が当たり前のようになってきて、毎回前後から2人に洗われる俺も、それを普通のように感じ始める今日この頃。


向こうの世界に戻っても、もうエロ本は必要ないなと考える俺だった。



 「さて、それじゃあ行こうか」


他の皆が就寝のために自室に籠ると、逆に部屋から出て来たサリーにそう声をかける。


「フフッ、楽しみです」


「・・その恰好で行くの?」


帝国軍の軍服を着たサリーに、呆気あっけにとられる。


まだそれ程前の事ではないはずなのに、何だかコスプレみたいに見えるのは何でだろう?


「他に戦闘用の服を持っていないのです。

明日にでも、町で購入しておきますね」


「それが良いかも。

さすがにその恰好だと、この町を歩けないからね」


魔法陣のある部屋から転移して、通称(?)『ゴブリンダンジョン』へ。


「ここがそうですか。

外見からは分り辛いですね」


「ここの魔物は、最下層のボスを除けば、HかIランクくらいでしかない。

ボスのゴブリンエンペラーは、もう何もドロップしないから、倒さなくて良い。

俺は短剣のスキルが欲しいからそれを使うが、サリーは何で戦う?」


「では私は、長剣と盾を装備します」


「了解。

沢山居るはずだから、好きなだけ倒して良いぞ」


「フフフッ。

本来なら、HやIといえども、数が居れば私でも警戒しないといけない相手。

なのにまるで雑魚のように感じるのは、修様と一緒に戦えるからですね。

嬉しいです」


「俺が1人で攻略した時は、エメラルドの杖は1つもドロップしなかった。

もし落ちたら、サリーにあげるよ」


「エメラルドの杖!?

・・それ、帝国だと1本で50万ギルくらいしますわよ?」


「高っ!

そんなに性能良いの?」


「魔法の効果を2パーセント上昇させると言われています」


「因みに銀の杖はどのくらい(の値段)?」


「同様に1パーセント上昇させ、値段は5万ギル程度ですね」


もう3階層だけでも良いんじゃないか?


1、2階層はさらっと流そう。



 俺が短剣を使っているせいか、前回よりは攻略速度は遅いが、その分、サリーのストレス発散にはちょうど良かった。


魔法使いのイメージが濃い彼女だが、剣を使わせても様になる。


美人は戦闘においても映えるのだ。


俺がキングスライム相手にテイムを試みながらチマチマ戦っている間に、1階層の魔物を粗方倒し終え、ポーションと樫の杖を2つずつ手に入れた。


因みに、樫の杖は2000ギルくらいだそうだ。


効果も普通の杖よりは増しなくらいだから、どうでも良かった。


2階層に行き、ここでもテイムを試みた俺だが、一向に成功しない。


もしかして、運営の管理する迷宮やダンジョン内では、テイムできないのだろうか?


サリーはここでも奮闘し、約250体を倒して、鋼の剣を1本入手する。


これは彼女が持つ長剣より質が良いそうで、嬉しそうに装備を交換していた。


さすがに疲労が目に見えてきたサリーのために、ここで小休止する。


地面にシートを拡げ、2人で座り込む。


水を飲む前に何度もうがいをしたら、彼女に微笑まれた。


これがもしアイリスだったら、『貴重な水でそんなことするな』と文句を言われそうだが、向こうの世界で生きる俺は、埃が舞うような場所で長時間戦った後、うがいもせずに何かを口にするなんてできない。


それに、彼女と違って【アイテムボックス】が使えるから、節約する必要がない。


サリーのお陰で、水魔法の『給水』すら使えるからな。


アイリスも水魔法を習得しているから、『給水』くらいは使えるはずだが、サリーと違って魔力量がそれ程多くはなさそうだしね。


「こんな効率の良いダンジョンがあるなんて知りませんでした。

もっとも、普通では攻略が難しいでしょうが」


「2階層からはゴブリンの高位種しか出て来ないもんな」


『短剣』の再取得ができたか確認すると、ちゃんとできている。


序でにサリーを見ると、長剣と盾が其々1つずつ上がってIになっている。


しかも、何時の間にか『土魔法』がFになっていた。


「長剣と盾のランクが上がってるよ」


「そんな感じはしていました。

途中から体の切れが良くなったので」


「土魔法もFになってる」


「連日の城壁造りの成果でしょうね。

あの作業は、普通なら何人もの魔法使いが1箇月以上かけて行うものです。

そうしないと、魔力量が絶対的に足りません。

私1人で、しかも数日で造れたのは、偏に修様からの莫大な補給があったからです」


「それを蓄えられるだけの許容量を持った、サリーの能力の賜物たまものでもあるでしょ」


「有り難うございます。

それも半分くらいは修様のお陰ですけどね」


「・・ん?」


話の途中で、1体の魔物が湧いた。


でも、何だか普通と違う。


見慣れたゴブリンプリンセスの容姿と異なって、顔も体も人間に似ている。


もしかして、レア?


「サリー、あの魔物には手を出さないでくれ」


「分りました」


俺にはひらめくものがあった。


あいつならもしかして・・。


何度も魔法を受けながら、あるいはそれをかわしつつ、魔物相手に拳を振るう。


ただ、絶対に顔は殴らない。


かなり手加減をしつつ、細心の注意を払いながら魔物を追い詰める。


もう大丈夫かなと思った頃、こちらが出した従属の要求に、案の定、彼女は応えた。


「良し!」


【魔物図鑑】を開くと、該当箇所に彼女の姿が載っている。


『ゴブリンプリンセス(SSR)』


レアどころか、SSRだった。


やはり容姿の差なんだろうか。


だが、これで分った事がある。


運営が管理するダンジョンでは、レア以外の魔物はテイムできない。


今回は非常に運が良かった。


「・・修様って、女運が良過ぎませんか?」


「サリーに出会えたんだから、当然だろ」


「どんどん女の扱い方が上手くなってる」


「ん?」


小声でよく聞き取れなかった。


「そろそろ再開しましょう」


「もう精神的な疲労は取れたのか?」


体力なら、回復魔法で大体何とかなる。


「はい。

3階層は魔法を使いますので」


「・・結構な数が居ると思うけど、大丈夫か?

俺が前に出た方が良い?」


「いいえ。

強力な魔法を使うので、1発で仕留めます」


「あの数を?」


「恐らく今なら使えますから」


そう言って彼女が3階層に下りて行く。


そこには、以前ほどではないが、200以上のゴブリンキングとクイーン達が居た。


サリーが『アイテムボックス』から杖を取り出し、土魔法を唱える。


「それってエメラルドの杖!?」


「大魔法、『グランドランス』」


彼女の声と共に、地面から数百の尖った岩の塊が噴き出し、その場に居る魔物達を串刺しにしていく。


本当に1発で全部仕留めた。


消えてゆく魔物達の死体を眺めていると、サリーが崩れ落ちそうになる。


「!!!」


慌てて支えると、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「済みません。

魔力切れです。

暫くは陸に動けないと思います」


「あまり無理をしないでくれよ。

心臓に悪い」


「偶には良い所をお見せしませんと、修様の副官としての立場が危ういですから」


「他の誰も、サリーの代わりなんてできないよ」


「嬉しい。

それをベッドの中でも言ってください」


「・・・」


「これから朝まで抱いて貰いませんと、魔力量が回復しません」


「・・・」


「私の代わりなんていないのですよね?」


「・・分りました」


ふと地面に目を遣ると、魔物達が消えた跡に杖が1本落ちている。


サリーを一旦座らせ、その場に足を運ぶ。


「!!

・・エメラルドの杖」


「良かったですね。

エレナさんにでも差し上げてください」


「良いのか?」


「私は既に持っていますから」


「ドロップで得たの?」


「父がお金で買いました」


「じゃあその分、サリーに払うよ」


「お金は要りません。

その代わり・・」


何が言いたいのか分ったので、素直に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る