第88話

 屋敷に戻ると、門の前に女性が3人立っていた。


それらの顔に見覚えがある。


「もしかして再雇用の応募ですか?」


随分と早いが助かる。


「はい。

またここで働きたいと思いまして」


「税金が安くなるのですね。

嬉しいです」


「頑張って働きますので、宜しくお願いします」


3人が口々にそう言ってくる。


「取り敢えず中へどうぞ。

詳しい話はそこでしましょう」


大食堂へ案内し、皆を座らせて話を続ける。


「それで、何時いつから働けますか?」


3人の中で、確かメイド長だった女性にそう尋ねる。


「明日からでも大丈夫です」


他の2人の顔を順番に見ると、其々が頷いた。


「では今晩からここで生活して構いませんよ。

お部屋は、以前の場所が空いていれば、そこを使ってください」


「有難うございます」


「仕事の内容は、屋敷の掃除と食材などの買い物、料理、洗濯です。

食事の際の給仕はしなくて結構です。

エルさんと、その護衛になるシアさんの分を用意してくれれば、あとは其々が好きに食べて構いません。

客が来た時はお茶くらいお願いすると思いますが、多分、滅多にありません。

ああ、エルさん達と、今後採用予定の文官の方々には、日に3回くらいお茶出しをお願いします。

次に給与の件ですが、失礼ですが、以前はどのくらい貰っていたんですか?」


「メイド長の私は、月に2000ギルでした」


「私は1500ギルです」


「私も」


幾ら住み込みだとしても、安いのではないかな?


エルさんの顔を見ると、苦笑いしている。


やっぱりそうなんだ。


「あの時、退職金代わりとして金貨5枚も頂けたことで、大分気持ちが救われました。

本来なら、無一文で追い出されても文句を言えない立場でしたから・・。

賃金が安い上、雰囲気があまり良くなかった職場で、何時辞めようかと、そればかり考えていたんです」


『幾らくらいが相場なんだろう?』


そう問いたくて、エルさんの顔を再び見る。


「一般的には、住み込みの場合、月に3000だと言われています」


彼女がかさず耳打ちしてくれる。


う~ん、本当に有能。


年2回のボーナスは、倍の6箇月分(金貨4枚と4回分)ずつにしてあげよう。


それなら、年に20回ずつ彼女の相手をしてあげられる。


「でしたら、メイド長には月に4000ギル、他の2人には3500ギルずつお支払いします。

ただ、恐らく雇用するメイドの数自体は減るので、これまでより幾分か仕事量が増えるかもしれません。

お休みは、週に2日差し上げます。

シフトはそちらで調整して、毎週エルさんに提出してください。

ボーナスは年2回、其々給与の3箇月分です」


「・・あの、本当にそんな額を頂いても宜しいのでしょうか?」


「ええ」


「仕事量は、寧ろ減るはずです。

食事の際の給仕があるのとないのでは、かなり違います。

しかも、新たなご領主様には、まだご家族がいらっしゃらないご様子。

お世話する人数まで減る訳ですから、大分楽になるはずです。

それに、ボーナスとは一体?」


「1つの組織や団体が、半年か1年の間に皆で頑張った成果を、その構成員全員で分け合うシステムです。

不在がちの俺に代わって、あなた方がしっかりとエルさん達を支えてくれれば、この町の行政がきちんと機能し、税収も維持できるでしょう。

俺は貴族制を取らないので、この町に貴族は存在しなくなるし、社交に励む訳でもないから、執事は置きません。

だからその分、日常的な仕事をきちんとこなしてくれるあなた方が重要になる。

提示した金額は、その当然の見返りです」


「ご領主様のお考えは、私達には非常にまぶしくて、凄く嬉しいものです。

メイドにそこまでしてくださる方を、私は他に知りません」


3人が涙ぐんでいる。


「俺の居た場所(世界)では、メイドもきちんとした職業で、によっては高度な教育と訓練を受けたプロフェショナルでもありました。

『職業に貴賎なし』とはよく言われますが、社会全体を上手く回すためには、どの仕事も大切なのですよ」


「・・頑張ります。

精一杯働きます。

『雇って良かった』

ご領主様が、そう思ってくださるように」


「期待しています」



 「私、西園寺様に仕えることができて幸せです」


メイド長達との話し合いが済んで、執務室に2人で戻って来ると、エルさんがそう口にする。


「大袈裟ですよ。

前のトルソー達が酷かった分、余計にそう感じられるのでしょう」


「いいえ。

心からそう思います」


真面目な顔でそう言われた。


「俺はそろそろ出かけるので、エルさんに当座の町の運営資金を預けておきますね。

金庫は壊してしまったので、今度新しいのを買ってきます」


鍵の壊れた金庫を【アイテムボックス】に終い、あとで鍛冶屋に下げ渡すことにして、小袋に入れた帝国金貨100枚を彼女に手渡す。


「こんな大金、金庫も無いのに不安ですよ」


「では明日、金庫を買ってから渡しますか?」


「そうしてください」


「エルさんの仕事は、ここでお願いします。

好きに使って構いません。

それから、奴隷所持者が所有奴隷の紋を解除しに来た際は、お手数ですが対処してください。

相手の住所と氏名を控えるのを忘れずに」


「分りました」


既に『奴隷生成』を習得したことを教えてあるので、返事も滑らかだ。


「暫くはできるだけ顔を見せるようにしますが、落ち着いたら、給料日とボーナスの支給日くらいしかここに来られない日が続くと思われます。

緊急時は、カコ村の村長宅まで連絡を貰えれば、なるべく早く駆けつけます。

シアさんが明日からここに来てくれますから、護衛の従魔は3日後に回収します。

文官の応募があった場合には、そちらで数を絞っておいてください。

後日、最終面接を実施します」


「・・分りました」


少し元気がなくなってしまった。


「明日、給与分とは別に、エルさんに火魔法の『ファイアボール』をお教えします。

護身にも使えますからね。

午後になると思いますので、時間を空けておいてください」


「給与とは別に?

・・それってそういう意味ですか?」


彼女の瞳が輝く。


「ええ。

指導にはベッドを使います」


跳んで来た彼女に、力一杯抱き付かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る