第66話

 エミリーを送り届けた後、ギルド前で、仕事を終えたエレナさんを待つ。


サリーとは、マーサさんの店で落ち合うことになっている。


扉から出て来たエレナさんは、黙って俺の腕を取ると、近くの路地裏に引っ張ってゆく。


そして誰も見ていないことを確認すると、強引に唇を重ねてくる。


「御免なさい」


何度か激しく貪られた後、視線を外してそうささやかれる。


「少し大人げない態度だったわ」


「別に気にしてません。

心配をかけたのは事実ですから」


「それでも、あの態度はないと自分でも反省してる。

サリーさんが落ち着いてあなたを待っているのを見て、少し嫉妬してしまったの。

『彼女はあんなに修君を理解しているのに、私はまだ彼のことをよく知らない。単なる恋人の1人でしかない私と違って、彼女はその能力でも修君を惹きつけた』って。

・・本当に御免なさい」


「人が相手に怒りや嫌悪を感じる時、俺は3種類あると思ってます。

1つ目は、単に相手が気に入らない時。

馬が合わない、存在自体が嫌だ、生理的に受け付けない。

これはもうどうしようもありません。

2つ目は、自分の思う通りの言動をしない時。

言う事を聞かない、勝手な行動を取る、自己のことしか考えない。

これも繰り返される類のものであれば、大抵は悪い方向へ進みます。

そして3つ目。

相手の事を心配するあまり、つい感情が高ぶってしまう。

その人のことが大切だからこそ、自分を不安にさせたことに怒りを感じてしまう。

子供が連絡もせずに遅い時間に帰宅した時なんかが、これに当たります。

俺はこの3つ目に対しては、たとえ自分が怒られたとしても、それは幸せなことだと思って納得できます。

今回の件も、エレナさんにとっての俺は、まだ肩を並べる恋人というより、何かと心配させる弟のようなものでしかないということでしょう。

俺の精進が足りなかっただけで、エレナさんは何も悪くないです」


「それは少し違うわ。

私は修君を弟としてなんか見ていない。

出会った最初から、人生を共に歩む可能性を持った、異性として見てた。

あなたが成長し、私の期待に応え、私を護ってくれることを、満足させてくれることを望んでた。

弟のように思っていたら、こんな事はしないわ」


彼女が再び唇を貪ってくる。


舌を絡め、俺の舌を吸い込み、その両手は、忙しなく俺の背や首を這っている。


「・・まだ人通りがある時間帯ですから、そのくらいで。

サリーが待ってます」


「後はお風呂でね」


物足りげにそう告げる彼女と共に、夕食を取りに向かった。



 翌日、大森林の探索を中断して帰宅した後、エレナさんと一緒にギルドまで足を運ぶ。


「同伴出勤なんて初めてよ」


そう言って喜ぶ彼女は、俺の腕を抱え、胸をぐいぐいと押し付けてくる。


10時までに行けば良かった俺が彼女に合わせて早く出たのは、昨日提出した身分証や装飾品絡みで、それを返却された貴族家からの報奨金をお断りする書類を作成するためだ。


身分証は無償返却だが、装飾品の中には金貨数枚の価値を有する物もあり、返却された貴族としては、特に爵位の高い家ほど、何らかの報奨を出すのが慣例らしい。


でも、余程の物でない限り大した金額にはならないし、あまり貴族と知り合いたくはないから全部断ることにしたのだ。


その周囲に落ちている硬貨は、全て貰っているのだし。


ギルドに着いて、早速エレナさんのカウンターで書類を書いて貰った俺は、10時まで時間を潰そうとしたが、その必要はなかった。


朝一番で待っていたらしい、中年の男性と直ぐに面接をする。


『鑑定』を用い、犯罪歴がないことを確認すると、その人物と話を始める。


「初めまして。

依頼主の西園寺です」


「初めまして。

第3騎士団に所属するガフィと申します」


「早速ですが、この依頼に応募されたということは、近々騎士団をお辞めになるという認識で宜しいですか?」


「はい。

私ももう50を超えておりますし、そろそろ引退を考えておりましたので」


彼のステータスを改めて確認する。


平凡だが、生活魔法がIで、その他に風魔法を使える。


「失礼ですが、村への移住は、お一人でですか?

それともご家族で?」


「妻と2人での移住を考えております」


「ニエの村に行かれたことは?」


「ありません。

ですが、あの村は、税の面でも優良な村としてご領主様に認識されております。

なので、それ程酷い場所ではないと考えております」


「そうですね。

とても良い村です。

できれば定住していただきたいですね」


「では・・?」


「ええ。

あなたを採用致します。

騎士団をお辞めになり次第、あちらの村に行かれてください」


「有り難うございます!」


「向こうにお着きになったら、村長さんの家を訪ねてください。

住む家と、取り敢えず1年分の給料をご用意しておきます」


「分りました」


「私のことはアメリアさんもご存知なので、安心して移られて大丈夫ですよ」


「団長をご存知なのですか?」


「ええ。

以前、少しお世話になりました」


その後、大体何時(だいたいいつ)頃村に到着予定なのかを確認して面接を終了し、エレナさんに、人数が集まったのでと募集の打ち切りを告げる。


ガフィさんのことはエレナさんも知っていて、『実直で、真面目な方ですよ』と太鼓判を押してくれた。



 ニエの村に出向いて、タナさんに魔法教師の件を報告すると、まだ彼らの家は建設予定地の整地段階だった。


今はちょうど畑の作業が忙しい時季らしい。


ガフィさんの到着予定日が約1か月半後なので、俺とサリーで基礎工事を終わらせ、窓や内装のみ村の職人に頼むことにする。


予定地を教えて貰い、お昼までに2箇所の土地を奇麗な更地にする。


それから、『造作』を使って家の外壁と部屋割りだけを造った。


どちらも50坪程度の家なので、大した手間にはならない。


エミリー用の家の窓には、俺の家と同じ物を採用した。


トイレや浴室の下水関係は、後でサリーにやって貰う。


作業を終えてミーナの家に寄ると、ちょうど皆が昼食を取り終えたところだった。


「あ、修さん、今からお弁当をお持ちしようと思ってました。

ここでお食べになりますか?」


「いや、今回は遠慮するよ。

それより村長さんにも、今度ここに来る教師のことをお話しておきます」


人柄や条件など、決まったことを伝え、ガフィさんに渡す給料分のお金も預ける。


エミリーについては、今は話せない秘密もあるので、あまり詮索しないよう頼んでおいた。


「回復魔法を使えるシスターと、元騎士団の方が来てくださるのなら安心だ」


そう言って、彼は凄く喜んでくれた。


「ミーナさんを明日迎えに来ますので、今夜は村でご馳走でも食べてください」


そう言って、【アイテムボックス】からグレートボアを1頭出して、捌かねばならないから、玄関先に置いた。


「わあ、凄く大きい。

これは捌くのにも一苦労だね」


ミーナが目を丸くして驚いている。


「・・これは村の衆何人かでやらないと無理だな。

村の全世帯に行き渡るくらいの肉が取れそうだ」


村長さんも、やや腰が引けている。


「それではまた明日」


皆に見送られ、俺は村を後にした。

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