第64話

 『何処でもお風呂』を獲得した俺は、その夜少しハイになっていた。


『照明』を使いながらどんどん先へ進み、明かりに寄って来る魔物を片っ端から倒しては、エルダーウルフの餌にした。


いつもなら、そんなミスは犯さない。


ある程度明るくなってきたら、時計くらいは確認しただろう。


だがこの日はそれをおこたってしまった。


その結果として、エレナさんの出勤時間に間に合わず、家で待っていたサリーに苦笑されてしまう。


「彼女、少し怒っていましたよ。

勿論、出勤時間に間に合わず、朝の挨拶ができなかったからではありません。

修様を心配していたのです。

これまでは、転移魔法陣の存在を教えておりませんでしたから、彼女はまさか修様が大森林の遥か奥地まで進まれているなんて知りませんでした。

けれど、今はそうではありません。

修様がお強いのは分っていても、『もし万が一何かあったら』、そう考えると気が気でないのです」


「心配かけて済まない」


素直に謝る。


「私に謝る必要はありません。

私は修様の強さをこの目で見ておりますし、あなたを信じています。

私達を残して逝かれるような、そんな無責任なことは決してしないと・・」


俺を迎えるために椅子から立ち上がっていた彼女は、ゆっくりとこちらに歩いて来て、俺を静かに抱き締める。


「そうですよね?」


「ああ、勿論」


「・・エレナさんに謝罪に行かれるのは、もう少し時間を空けた方が宜しいかと思います。

それまで、汗をお流しになりませんか?

修様に、水魔法の『給水』を教えて差し上げます」


首筋にかかる彼女の熱い吐息に、俺は無意識に頷いた。



 「お次の方、どうぞ」


サリーと2人でかいた汗を流し合い、高ぶった精神を静め、火照った身体を冷ました後、買い物に出る彼女と別れ、俺は冒険者ギルドに足を運んだ。


いつものようにエレナさんの窓口に並び、順番を待っていると、10分程で呼ばれる。


「薬草の買い取りと、身分証などの納入をお願いします」


「あら、西園寺さん、お久し振りですね。

生きておられるか心配してたんですよ?」


いつもの親しげな様子ではなく、他の客同様、飽く迄事務的にそう言われる。


「お陰様で何とか。

薬草は700本、身分証その他は、全部で1029個です」


彼女が用意してくれたかごに、其々を載せる。


「・・・。

随分と頑張っておられますね。

あ、これとこれ、それからこれは、西園寺さんがお持ちください。

持ち主が特定できないような貴金属は、拾った方の所有物として認められますので」


彼女の口調が、ほんの少し柔らかくなる。


二十数個の指輪やブレスレット、首飾りの中から、特徴のない物、イニシャルや家紋の入っていない物を返却してくれる。


「あの、依頼を出したいのですが、今ここでお願いしても大丈夫でしょうか?」


「ええ、勿論」


直ぐに依頼書を出し、読むだけで、陸にこちらの文字を書けない俺のために代筆してくれる。


「ニエの村で魔法を教えてくださる人を募集します。

人数は2人までで、年齢や性別は問いません。

但し、3年間はあちらに住みながら教えていただきます。

そのための住居は無償貸与、5年住み続けられた場合は無償譲渡。

指導内容は生活魔法の『照明』と『身体浄化』、その他に任意の魔法を1つ。

1人1人にその全てを教える必要はなく、相手が希望する魔法だけで結構です。

報酬は、基本給が月に8000ゴールド、村人達の魔法習得率を確認しながら年1回の特別手当。

採用には、こちらの面接を受けていただく必要があります。

以上です」


「・・村での指導ということを除いても、なかなかの好待遇ですね。

騎士団や冒険者の中で、そろそろ引退を考えている方々の目を引きそうです。

面接の日時は何時いつにしますか?」


「明日以降の朝10時に、5日間こちらに顔を出します。

それまでに応募がなければ、依頼を取り下げて他を当たりますので」


「分りました。

依頼料は500ゴールドになります」


料金を支払い、ギルドを出ると、後から事務の女性に声をかけられる。


「あの、エレナさんからこれをあなたに渡して欲しいと頼まれて・・」


小さなメモを手渡される。


「わざわざ有り難う」


銀貨1枚を渡してお礼を言う。


「こちらこそ」


にっこり笑って去って行く女性を見送り、メモを開く。


『冷たくして御免なさい』


どうやら許してくれたみたいだ。


ほっとして、その足で修道院へと向かった。



 「いらっしゃい。

今日は訓練日でもないのに、どうしたの?」


門の前に立っていた俺をエミリーが出迎えてくれ、歩きながら話をする。


「君と院長先生に話があるんだ。

少しだけ時間を取って貰えないかな?」


「深刻な話?」


「いや、そんなんじゃないけど、少し頼んでみたい事があって・・」


「ふ~ん。

分った。

じゃあこのまま院長室に向かいましょう」


俺を部屋に通すと、エミリーがお茶を淹れに行き、院長先生と2人きりになる。


「あのとは上手くいっているようですね。

我儘など言って、あなたを困らせてはいませんか?」


「いえ、そんな事はありません。

俺の方が大分助けられています」


「あなたがここにいらっしゃってから、あのは随分と明るくなりました。

経営面でもかなり助けていただいておりますので、そういった不安もなくなり、同じ年頃のむすめさん達のように笑っています。

・・有り難う」


院長先生が穏やかに微笑む。


「1つお尋ねしたいのですが、ここの人員に現在余裕はお有りでしょうか?

例えば、エミリーさんが週に半分くらいしかここで働けないとしたら、問題がありますか?」


「回らないということにはならないでしょう。

彼女の担当は主に孤児院での仕事と、人手が足りない時の治療行為です。

ポーション作成には現在は関与しておりませんし、あなたのお陰で細かな経理(節約)の必要がなくなったので、週の半分くらいなら問題ありません」


そこに当人がお茶とお菓子を持って入って来る。


「お待たせ。

何の話?」


彼女が座ったのを見計らって、本題に入る。


「実は俺、この町に家を買ったんです。

それで今、お仲間の皆さんにも俺の家で暮らさないかと提案していまして・・。

大きな家なので部屋数は十分にあり、家賃は勿論のこと、食費や雑費も一切掛かりません。

エミリーさんをお誘いしたいのは、3年くらい、彼女に任せたい仕事があるからです。

それには、俺の家から通う方が断然速いし近い。

勿論、彼女が抜けた分の仕事を補う人員の給与も俺が支払います。

週の半分は、今まで通り、こちらに通っていただいて結構です。

・・如何でしょうか?」


「・・エミリー、あなたはどうしたいの?」


院長先生が、自分の隣に座るむすめに尋ねる。


「私は・・」


「ここのことなら心配要りません。

現在孤児院で面倒を見ている2人が、もう少しで規定年齢(孤児院を出ないといけない年齢)に達します。

幸い、2人とも回復魔法の素質があり、その内の1人がここでの就職(シスターになること)を希望していますから」


「私は・・できることなら修と暮らしたい。

修の側に居たい。

修の子が産みたい。

でも、本当にそれで大丈夫なの?」


「ええ。

あなたが惚れた人の側に居なさい。

同じ町で暮らしているのですもの、必要な時には何時でも会えるでしょ」


「有り難う、お母さん」


「有り難うございます。

こちらの我儘を受け入れてくださって感謝します」


【アイテムボックス】から、予め用意していた皮袋を取り出す。


「先日、ある事件で多額の収入を得ましたので、こちらにも寄付したいと思います。

中に、金貨100枚を入れてあります」


「「!!!」」


「これとは別に、エミリーさんにお任せしたい仕事の報酬として、彼女自身に月に金貨1枚、こちらには準金貨1枚と、ハイオークかビッグボアの肉を10キロ、毎月ご提供致します」


「・・そんなにですか?」


院長先生が呆然としている。


「大事な娘さんをお預かりする、結納金のようなものだとご理解いただければ」


「あなたに出会えたことを、女神様に感謝致します」


院長先生は、そう口にして涙ぐんだ。

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